密事 夫と秘書と、私
「うまく眠れないようでしたら、お薬をお持ちしますよ」

「いらない。今日は泳いで体動かしたらからぐっすり眠れると思う」

まぁ、アナタはそれをよろしく思っていないんでしょうけど。

「水と睡眠薬、こちらに置いておきますね」

いらない、と言った私の言葉を無視して、瀬戸さんはガラステーブルにそれらを置いた。

「薬箱にまだありますから、必要な時はお飲みください」

「それ沢山飲んだら永遠に眠れるの?」

「気分が優れないのでしたら、病院の予約をとっておきましょうか」

「……心療内科にでも連れて行く気でしょ。やめてよ、冗談だから」

「そうですか」

目の前に用意された小さな薬をまじまじと見つめる。

本当にこんなもので眠れるの?

半信半疑になりながら、その粒をシートから出して無理やり飲み込んだ。

「眠りにつくまで一緒にいてよ」

口にしてからやっぱり馬鹿馬鹿しくなって、自嘲気味に笑う。

「なんてね……おやすみ」

何も考えたくない。さっさと目を閉じて無になろう。

飲み掛けのハーブティーをそのままに、ソファからゆっくりと立ち上がる。
重い体を引き摺って、寝室に向かうため、瀬戸さんの脇を通りすぎた。その瞬間……

「眠るまでお側にいますよ」

冷たくて無機質な手が、私の腕を掴む。

——寝室に入っても?
平坦でいて、しかし耳を撫でるような低い声が響く。

おかしい。変な動悸がする。

「……本気で言ってる?」

「ええ」

「ねぇ……秘書って普通そこまでするものなの?」

ずっと思っていたことだった。
何を考えているのか分からない端正な顔を見上げる。

「貴女の我が儘を出来るだけ聞き入れるよう、仰せ使っていますので」

何それ。ドロリとした感情が胸の底で渦巻く。

「……そう。でも遠慮しておく。これ以上あなたの仕事を増やすわけにはいかないし」

手、離して。と言えばすんなり解放された。

1人とぼとぼと寝室に入り、静かにドアを閉める。そして、きちんとベッドメイクされたキングサイズのベッドに崩れ落ちた。

体が怠い。鉛のように重い。
心の奥底に積もっていく鬱屈した気持ちの吐き出し方も分からない。

次第に眠りの淵へと誘われてゆく。
ぼんやりとする意識の中で、冷たい手が私の頬を撫でた気がした。
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