密事 夫と秘書と、私
夫と顔を合わしたのは10日振りだった。

今夜は彼の会社の創立記念祝賀会がある。
私は瀬戸さんに連れられて、パーティ会場のあるホテルに先に到着していた。

そこで控室として案内されたのは、豪華なスイートルーム。

用意されていたドレスに着替え、ギラギラとしたアクセサリーを身につけて、時間をかけてヘアメイクをしてもらい、完璧な状態に仕上げた。

「綺麗だね」

夫は随分と後にやってきて、私の姿をじっくりと舐めるように眺めた。
その言葉を受けて、ありがとう、と微笑む。

「このドレス、よく似合っているよ」

「嬉しい」

見立ててくれたのはあなたの秘書ですけど。とは言わない。

今回用意されていたネイビーのドレスは、体のラインに沿ったタイトめな作りで、繊細なレースが程よく肌を透かして、華やかに大人っぽく見せてくれている。

瀬戸さんら、私の体のサイズを全て把握しているみたいだ。服も靴も、いつもサイズぴったりのものを持ってくる。

その上、似合う色や、体が1番綺麗に見えるデザインも全て知り尽くされているから、身につけるものは彼に任せておけば間違いがない。

つまり。今日の私は、かなりいい仕上がりになっている、はず。

「和貴さん……ずっと会いたかった」

私は甘えるように、ぎゅっと抱きついてみせた。

夫に会う時、私は必ず「女優」になる。
どうしてだろう。気に入られたいから?捨てられたくないから?
偽りの自分を演じることで、自尊心を守っているような気もする。

「寂しい思いをさせて悪いね。仕事が立て込んでいて」 

夫は最近とっても忙しいようだ。
本業とは別に、動画サイトで有益な情報を発信するチャンネルを開設し始めたから、らしい。元々メディアの露出もそこそこあった人だから、順調にファンを獲得していると聞いた。

容姿端麗で、知識豊富、お金にも気持ちにも余裕があって、良い年の重ね方をしている。
この人に対して底知れぬ色気や魅力を感じるのは、私だってそう。

数多の女が言い寄ってきていることは分かっているし、彼が女遊びに興じている姿だって簡単に想像出来る。

それは別にいいのだ。
書類上の夫婦の間に、嫉妬も独占欲もない。気遣いも不要。

それなのに、どうしてか私だけが不自由。
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