過去の名君は仮初の王に暴かれる
 その瞬間、彼女の脳裏で懐かしい何かがはじけた。それは遠い記憶。――そう、彼女がイヴァンカ・クラウンだった時の記憶だ。

『……みんな、本が好きな僕を馬鹿にするんです。騎士のくせに本を読むなんて、と』

 王宮騎士見習いの幼い騎士は、いつも隠れるようにして王宮の図書館の隅で本を読んでいた。その騎士は、イヴァンカによく懐き、勉強を教えてくれとせがんできたものだ。

 思えば、城の中でイヴァンカに心の底から好意的に接してきたのは、あの若い騎士一人だった気がする。
 彼が地方に派遣されると決まった日、騎士はイヴァンカの前にひざまずいた。

『イヴァンカ様、僕は一生あなたをお守りします。剣と、盾と、この心に誓って』

 生まれた時から弱視だったイヴァンカは、その時の騎士がどんな表情をしているのかわからない。だけど、まっすぐに見つめてくる、あの輝く青灰色の瞳だけは覚えている。

『あなたは、この国の()()()()です』

 急にフラッシュバックした記憶に重なるように、ロレシオが叫ぶように言う。

「エルゼ! イヴァンカ様は毒婦などではないのだ! この国は、イヴァンカ様を誤解している! あの人は……、いや、あの人こそがこの国の()()()()だったのだ!」

 そう、――あの年若い騎士は、ロレシオ・マディオと名乗っていた。
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