過去の名君は仮初の王に暴かれる
 ロレシオの言葉は、エルゼの身体に衝撃をもたらした。

(ロレシオ様が、わたくし(イヴァンカ)を愛してる……?)

 にわかには信じがたく、探るような目でエルゼは目の前の男を見つめた。しかし、青灰色の瞳に嘘偽りの影はない。
 ロレシオの言葉は、本心からの言葉だったのだ。エルゼの頬が紅潮する。

 イヴァンカ・クラウンとして生きたことを後悔したこともある。どれだけ頑張っても、イヴァンカは夫であるマンフレートによって悪女に仕立てあげられる運命だった。
 悪女と呼ばれ、偽りの愛を信じて処刑された虚しい女の記憶なんていらなかったと己の運命を呪ったことさえある。
 しかし、今は違った。これほどに、運命のいたずらに感謝したことはない。――誠実な夫の愛した人が、前世の己自身(イヴァンカ・クラウン)だったのだから。

(今なら、本当のことが言えるかもしれないわ……)

 いや、きっと今でなければ、真実を告げることはできないだろう。この機会を逃してしまえば、きっとエルゼとロレシオは一生すれ違い続けることになる。
 覚悟を決めたエルゼは、小さく息を吐いた。

「ごめんなさい、急に泣いてしまって……。私が泣いたのは、陛下がイヴァンカのことを『最後の灯』と言ってくださったことが嬉しかったから。決して陛下の言葉で傷ついたわけではありませんわ」

 案の定、エルゼの告白にロレシオは呆気にとられたような顔をした。予想外の一言だったのだろう。

「……エルゼ、君はいったい何を――」
「わたくしの前世は、イヴァンカ・クラウンなのです」

 凛としたエルゼの声が、静かな部屋に響いた。
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