過去の名君は仮初の王に暴かれる
 エルゼは胸がいっぱいになった。
 イヴァンカ・クラウンとして生きたことを後悔したこともある。
 悪女と呼ばれ、偽りの愛を信じて処刑された虚しい女の記憶なんていらなかったと己の運命を呪ったことさえある。

 しかし、あの陰鬱な日々は、決して無駄ではなかったのだ。決して幸せな人生ではなかったけれど、確かに意志を継いでくれる人がいたのだから。

「……ありがとうございます。貴方がいてくれて、よかった。イヴァンカ・クラウンとして、そしてエルゼ・ラグベニューとしても、貴女に出会えたことは、わたくしにとってなによりの幸運です」
「当たり前のことをしたまでです。……貴女が望むのなら、この玉座は貴女に捧げましょう。なんなりと、貴女の騎士にご命令を」

 ロレシオの口調は重々しく、その表情はさながら己の罪状の宣告を待つ罪人を思わせた。エルゼが何かを命令するまで、断じてそこを動かないだろう。下手な慰めの言葉すら、却って彼を傷つけてしまいかねない。
 エルゼは逡巡の後、ロレシオと目線を合わせるためにゆっくりとかがむ。至近距離でこちらを見つめてくる青灰色の瞳が、戸惑ったように揺れた。

「では、命令します」
「御意」
「この王妃の部屋を使う許可をくださいな。――わたくしが、ちゃんと貴女の妻である証に」
「そ、それは……」

 ロレシオの困惑した表情に、エルゼは頬を薄桃色に染めて微笑んだ。それは、冷たい冬の雪を融かす春の日差しのような、心の底からの明るい笑みだった。

「もうお飾りの妻はこりごり、ということですよ」

 ロレシオはしばらくエルゼの顔に見惚れた。それから、「返事は?」とエルゼが首をかしげると、言葉をかみしめるようにゆっくりと頷く。

「――貴女が、望むのならば」

 ロレシオはそう言って、こらえきれなくなった様子でエルゼを力強く抱きしめた。
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