過去の名君は仮初の王に暴かれる

「嫌ではないのか? 君はその……、初夜に泣いていただろう」
「まあ、わたくしの泣き声が聞こえていたんですか!? 失礼いたしました」
「謝ってほしいわけではない。むしろ、謝るべきは私だろう。私があまりに乱暴に抱いてしまい、君を怯えさせてしまった……」
「ち、違います! あの部屋にいると、どうしても辛い日々を思い出してしまって、悲しくて涙が止まらなくなってしまったのです」

 ふたりの間に一瞬の静寂がおりる。

「辛い日々とは、もしかして前世の――、マンフレート国王についてか」
「え、ええ……」
「君が初夜に私以外の男のことを思っていたのが、悔しい」

 いつも穏やかなロレシオの瞳の奥に、一瞬苛烈な怒りの炎が閃いた。それは、明確な嫉妬だ。

「陛下、嫉妬していらっしゃるの……?」
「……当たり前だ。君を幸せにできなかったあの男の話を聞くとどうしようもなく、腹が立つ。あいつことなんて、忘れてほしい。私が必ず幸せにすると誓うから」
「ならば、忘れさせてくださいませんか?」

 エルゼが広い背中に手を回して抱きしめると、顔を真っ赤にしたロレシオが低く唸る。

「……君は、私を煽るのがうますぎる」
「その癖に、初夜の夜からずっと私のお部屋にいらっしゃらないではないですか。わたくしは、ずっと待っているのに」
「ぐっ、……私がどれだけ我慢をしていたと思って……! とにかく、今はダメだ。この時間であれば、再び人が来るやもしれないからな。……また夜に、君の部屋に来よう」
「……っ! はい」

 嬉しそうなエルゼの笑顔に、ロレシオは再度低く唸った。今この瞬間に、この場で襲ってしまいたくなる。
 ロレシオはなんとか理性をフル稼働して、エルゼとの二人きりの時間を終えたのだった。
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