過去の名君は仮初の王に暴かれる
 傷心したエルゼはそっと前世の記憶を胸の内に封印した。そして、彼女はその秘密を誰にも打ち明けることなく、エルゼ・ラグベニューとして生きると決めたのだった。

 奇しくも伯爵家の令嬢に生まれ変わったエルゼは、ごく普通の令嬢として振る舞った。しかし、そうは言っても、18歳になった時には、その若さにふさわしからぬ、堂々とした落ち着きと優雅さを兼ね備えていた。
 前世で王族として叩き込まれた知識や淑女のマナーは完璧で、どれをとっても非の打ち所がない。
 マナー教育を担当した伯爵夫人は、「私なんかがエルゼ様に教えられることなんて、何もございませんわ」と逆に恥じ入るほどだった。
 
 その上、彼女は家柄が良かった。
 ラグベニュー家は長らく貴族派と改革派の中立を守ってきた家柄であり、数多の宰相や王妃を輩出してきた家門である。
 そういった背景もあって、エルゼはこの王国の王妃として選ばれたのは、半ば必然的なものだった。

 今度こそ普通の、ありふれた幸せな結婚をしたいと願っていたエルゼだったが、一介の貴族令嬢である彼女には、なんの決定権もない。国王が望むのであれば、彼女は国王の花嫁になるのである。
 こうして、エルゼはあっという間にサントロ王国の王妃となった。
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