シリウスをさがして…

桜咲く春

春のよく晴れた日
まだ桜の花びらが舞う頃

慣れないメガネをかけ直して、空を見上げた。あそこに浮かんでる雲はソフトクリームに見えてくる。今日は帰りにアイス食べて帰ろうかなと考えた。

 肩にかけていたショルダーバックのベルトをかけ直した。

 今日こそは、あの人に想いを伝えないと…。
 谷口 紬(たにぐち つむぎ)今年の春から高校一年生。



 ようやく、学校の雰囲気に慣れたところだったが、友達らしい友達ができていなかった。

 唯一、話をできるのが中学から同級生の隣のクラスの庄司 輝久(しょうじてるひさ)。小学校からの幼馴染で、気を遣わないで話せる相手だった。交際まで発展せずに今まで来たけれど、そろそろ進展させたいなと告白の機会を考えていた。


 休憩時間の廊下で男子3人の中の1人の輝久が声をかけてくれた。


「紬! 今日も帰りに昇降口で待ってるからな!」

 軽いノリでいつも通りに同じ方向に帰るため、みんなの前で言わないで欲しいのに、恥ずかしくて、俯いて、無視に近いくらいにスルーした。


「何?無視されてるよ?」

 輝久の横にいた 里中隆介(さとなかりょうすけ)が聞く。さらにその隣にいた 田中正史(たなかまさし)は他人がどうこうなどと気にする性格ではなく、黙って見守っていた。

「あいつはああいう性格なの。」

「そんなに仲良いの?あの人と?」

「そう言う訳じゃないけど、幼馴染で家が近いからさ。」


「羨ましいね。4月から早くもお相手がいて…。」


「お前も隣のクラスの女の子狙ってるんだろ。」

 席に座り、続けて話し出す。2人は窓際の後方の前後で近くに座っていた。

「バカ言え、俺はその子と既に付き合っている!」

 スマホのライン一覧を見せつけて、お相手のラインプロフィールを輝久の顔面に押し付けた。

「早ッ!おめでとうございます。」

森本美嘉(もりもとみか)は俺の彼女だぞっと。」

 谷口 紬と同じクラスにいる森本美嘉は、4月だと言うのにクラスで人気者。

 誰にでも優しくて、クラスをまとめる役もすすんでやる優等生。

 身なりは、地毛でも茶色でセミロングのふわふわゆるパーマで美意識が高く、女子力も高め。

 高校ではピアス禁止だか、クリアピアスをこっそりつけている。

 紬にとっても憧れの存在だった。


 そう言う紬はいつも窓際で、メガネをして下を向く。

 クラスメイトと話す時もボソボソでどこか自信なさげ。

 髪の毛も長いが、黒髪を下ろして顔を見えないように内側へと流す。

 輝久とは、普通に家族のように話させるが、他の友達とは、飛んでいるハエのように小さな声で返事をしている。


 一向に友達ができない理由も知ってる。

 分かってはいるけど、傷つきたくないだけ。


 靴箱から外靴を取り出し、帰ろうとしたところ、後ろからガヤガヤと騒がしく、森本美嘉と里中隆介が喧嘩しながらやってきた。

「だからさ、誤解だって、俺は姉貴と買い物行ってたの!」

「嘘、ばっかり。友達からいろんな情報聞いてるんだから、隆介には他校にも彼女いるって、しかも、年上だし…。」

 興奮気味の美嘉と隆介が後ろ向きで、紬にぶつかった。

「わ、ごめん!大丈夫?」

 隆介は慌てて、駆け寄って助けようとする。

「ほら、隆介が後ろ向きで歩くから、紬ちゃん、怪我しちゃうじゃないの!」

 美嘉は、転んだ紬に手を貸した。

「名前、知っててくれたの?あ、ありがとう。」

 落ちたメガネを拾った。

「クラスメイトくらい知ってるよ。紬ちゃん。隆介には気をつけてね。女ったらしだから。」

「え、っておい!美嘉、余計なこと言うなって。」

 2人はそう言いながらも慌てて外靴に履き変えて、立ち去っていく。

 紬は上靴を靴箱に入れて、パタンと扉を閉めた。
 輝久以外の人と関わるのがほとんどない紬にとって、心臓がはじけそうだった。

(緊張したー。私、変なこと言ってなかったかな?)

 左肩にポンポンと手を叩かれて、左を向くと、見事に人差し指が頬に当たった。

「痛いんだけど…。」

 庄司輝久だった。笑ってこちらを見てる。

「面白い顔!」

「笑かすためにやったの?」

 学校では見せない表情や声、しぐさ、紬は輝久の前では素直に出せた。紬は怒っている。

 長くお互い知っているからか。安心できた。

「紬、帰りに桜並木の公園見ていこう?」

 話を逸らして、輝久は外靴に履き変えて、昇降口のドアを開けた。

「もう。待ってよー。」

 その姿を何気なく通りかかりに見ていたのは、大越陸斗(おおごえりくと)だった。図書室で志望校のリストをコピーして、1人カバンを肩に乗せて、靴箱前で外靴に履き変えていた。

 一年は若くて良いなあと思いながら、バタンと扉を閉め、学校裏口に止めていたバイクに乗り、ヘルメットをかぶって、家路を急いだ。


ーーー

「紬、あのさ、言いたいことあってさ。俺、告白しようと思って…。山口覚えてる?」

 桜の花びらが散らばる公園のブランコに立ち漕ぎしながら話す輝久。

 紬は、隣に座って頷くだけ頷いた。告白しようと思ってたのに、逆に衝撃告白された。

「え? 山口って、? 山口友実子(やまぐちゆみこ)輝久、友実子が好きだったの?」

「うん。実はね…。前から気になってて。中学は一緒だったけど、高校は別になったじゃん? だから、早く言わないとって思って。仲良いだろ?紬。」

 輝久は、ブランコからジャンプしてとびおりた。

「仲悪くはないけど、連絡先は知ってるけど、あんまり最近は連絡してないよ?」

 紬は、モヤモヤした気持ちでスマホを取り出した。横から輝久は画面をのぞく。

「紹介してよ~。俺、話したことないもん。同じクラスになったこともないし…高嶺の花って感じ?」

「なんで、そう言う人を狙うの。そんな遠いところ行かないで近く見れば良いのに…。」

「え? 何か言った?」

「別にぃ~。今、友実子のラインにメッセージ送っておいた。急に紹介となるとびっくりするからとりあえず、3人で会うってことで良いよね?」

 顔の前で両手を合わせて、

「神様仏様紬様~ありがとうございます。」

 輝久は嬉しそうな顔をしている。紬は複雑なきもちを抱えたまま。

「ごめん。先帰ってて、あたし、寄るところあるから。」

「あ、そうなん。わかった。んじゃ、また明日。今度、お前んところのランチまた食べ行くな。」


「はいはい。父さんに言っておくから。」


 輝久はそのままご機嫌に立ち去っていく。

 紬は、『シュナイザー』というカフェレストラン経営の谷口遼平と森野くるみの長女だった。

 高校から家までは、バスで通学していた。

 幼馴染の輝久はいつも同じバスで中学から通っていた。

 今日も本当は一緒に帰るはずだった。

でも、何だか輝久の好きな人の話を聞いて、モヤモヤが止まらず、1人になりたくなった。

 ただ、1人、公園のベンチで桜の花びらが舞い散る様子を長い時間見ていた。


バスの終電時間が過ぎていることも知らずに…


辺りは暗くなり、いつも乗るバス停に行くと時刻表を見て、がっくしとうなだれていると。

後ろから一台のバイクが通り過ぎるのを見た。

(バイクいいなあ。私もバイクに乗ればバスの時間も気にしないでいいんだろうな…。)

 とぼとぼと足元のいしころを蹴って、ここは歩くしかないんだと、暗い道を歩いた。

 すると、さっき通り過ぎたバイクが戻ってきた。

(忘れ物かな?ん?)

 紬の後ろの方でバイクを止めて、ヘルメットをかぶったままこちらにやってきた。

「ねぇ。きみ、N東高校の一年だろ?ほら、同じ制服。」

「あ、はい。そうですけど…。」

 ヘルメットを被って、顔が誰だかわからない。

「家、どこ? ほら、ヘルメット。」

「はい?」

「乗せるから、うしろ。どーせ、バス乗り過ごしたんだろ?」

「いえ。そんな申し訳ないです。」

「いいから、かぶれって。夜道は危ないから乗りなさい。ここから先の橋は、変なのが出るって有名なんだぞ。」

「それはちょっと…歩いて渡るのは怖いかも。」

 脅された紬は素直にヘルメットをかぶり、バイクの後ろに乗った。

「お願いします。」

 男子生徒は、紬の腕を自分の腰に当てさせた。

「ひょえ?!」

「しっかり捕まってないと落ちるからな!」

 突然に知らない同じ高校の男子生徒に乗せられた。

 会話も自然にできていて、意識もしなかった。

 無意識にできる自分に自信が持てた。

 バイクの走る音が身体中に響き渡った。

 地面に跳ね返る音。
 2段階に音色が変わるバイクの鳴るエンジン音。


 暴走族の走るバイクはうるさくて聞きたくなかったけど、乗ってる時に聞く音は音楽のリズムに聞こえて心地よかった。

ーーー
 シュナイザーのお店の駐車場にバイクを止めた。

「ありがとうございました。あの…すいません名前教えてもらってもいいですか?」

 ヘルメットを返しながら、紬は言う。男子生徒はヘルメットを外して、顔を見せた。

「ごめん、ごめん。ヘルメットしてて、顔もわからないよな。俺、3年の大越陸斗。今日一度家に帰ったんだけど、忘れ物して…取りに戻ったらあんたがあんな暗いところ歩いてるから…と思って。あれ、一緒に男子といたんじゃないの?俺、昇降口で見たけど。」

「あ、先輩なんですね。私は1年の谷口紬です。その男子は先に帰りました。私、1人で帰りたかったんで…う…。」

 紬は突然感極まって泣き出した。

「ん?……詳しくは聞かないでおいた方が良さそうだな。んじゃ、そろそろ。」

 泣きながら、無意識に紬は陸斗のブレザーの裾を引っ張っていた。

「あ、あのー、帰りたいのですが…。」

「あ、ごめんなさい。あのー、陸斗先輩。お願いがあるんですが、都合つく時で良いんですけど、帰りまたバイク乗せてもらっても良いですか?」

 紬は自分でもこんな大胆な発言したことないのに、泣きながらポロポロと要求が出てきた。会うのも話すのもほぼ初めての陸斗に言葉が次々と浮かぶ。

「え? なんで? 今日はたまたま夜道で…しかも、こっち俺のウチと反対方向だし…。」

 冷や汗が止まらない陸斗。ブレザーの裾が思いっきり外れない。力が強い。

「分かった。俺が良いよって言った日だけならな。」

 自然と笑顔になる紬。

 どうしても、バスに一緒に乗りたくない相手ができてしまったため、バイクに乗せてくれるなら乗せてほしいと心から思ってしまった。

 告白しようと思って出た朝、その、言葉も言う間もなく、相手に振られ、気持ちのシフトが出来る出会いができて、心は、踊った。

 明日もいいことがありそうと、お店の中に入った。


「ただいまー。」

「おかえり。遅かったね。どうやって帰ってきたの?」

「へへへ…アッシーくん。」

「紬、その言葉、古いよ?え?彼氏にでも送られたのかな。連絡くれれば迎えに行ったのに。」

 母のくるみは、アッシーという言葉なや嫌な気持ちがした。

「大丈夫、いざとなれば歩いて来れるから。今日バス乗り過ごしちゃって…。」

「あれ、いつも一緒の輝久くんは?」

「あー。先に帰ったの。まーいいじゃない。そう言うお年頃。」

 2階の部屋に駆け上がる。リビングにいた遼平父に声をかけた。

「お父さん、ただいま。」

「おう、おかえり。紬、今日の夕飯、ハンバーグでいい?」

「うん、大丈夫。私、お父さんの作るご飯なら何でも食べるから。」

 制服を私服に着替えながら答える紬。

 いつも、地味で目立たない格好をしていた紬。今日は何だか先輩に声をかけられて、視野が広がった。

明日は少しオシャレして行こうかなと気持ちが盛り上がっている。

 入学してから数日間しかたっていなかたが、いつの間にか友達がいなくて不安な気持ちからウキウキと楽しい気持ちに
変化していった。
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