シリウスをさがして…

気持ちの変化

文化祭を終えて1週間が経った頃。


 紬は前の紬に戻ってしまっていた。

 あんなに元気だったのに、友達との会話も頷きと笑顔で済ませてしまい、自分から声を発することはなかった。



 このトリガーがきっと自信を無くした瞬間から始まっていたのかもしれない。


 周りにいたクラスメイトたちも紬と接することに違和感を覚えて、だんだんと離れていく。

真摯に向き合って話す友達は誰もいなかった。1人でいることの方が楽。


誰も傷つけないし、傷つかない。


その方が楽だと思っていた。



輝久もそんな違和感がある紬に気づいていたが、意識して自分自身も何も話せなくなった。


挨拶をしては手を軽く上げてにっこりするだけで終わっていた。


寂しさを感じた。


心のシャッターは閉まったまま。




日常が忙しいすぎて、全然紬と連絡を取り合っていなかった陸斗はいつも通りの日々を送っていた。


そのような状態になっていることを知る由もなく、久しぶりにラインを送り、昼休みに図書室に行こうと誘った。


うんとしかこないラインの返事に多少違和感を覚えたが、何も返さず、待ち合わせ場所の図書室へ行った。


自分よりも先に紬は図書室で,椅子を座って本を読んでいた。



くたっと,横に腕をのばして枕のように眠りながら読んでいるか読んでいないのようなぼんやりと過ごしている。疲れているのかな。


陸斗は屈んで、紬の目の高さに合わせてじっと見つめた。


「ねぇ。何かあったの?」


 陸斗が来たことに驚いて、ハッと体を起こし、首を横に振った。


「ん? 紬?」


 何も喋らない紬に違和感を覚える。


「……。」


 普通の姿勢になって本を見始めた。


 もしかして、前よりも話せなくなったのかもしれないと察した陸斗。


両肩に手を置いて目を見て声をかける。


「紬、もしかして、話せなくなったの?俺にも?」


視線を逸らす紬。ゆっくりと頷いた。
そのまま本を読み続ける。


「なんで? 急に話させないの。あんなにおしゃべりしてたのに…。」



一緒にいても話せないことがわかっていた紬は本を読んで落ち着かせていた。


 陸斗は話せないことが苦痛で仕方なかった。

筆談を試してみようと図書室にあった裏紙に書いてみた。


『今日の放課後、一緒に帰れる?』

『うん。』

『昇降口で待ってるから。』

『分かった。』


無表情ですぐに返事をくれたが、何だか気持ちが入っていないことに気づく。

何でこうなってしまったんだろう。

陸斗は、椅子を片付けて、教室に戻ろうとした。その仕草にも反応せず、気にしてない紬は本を読み続けた。



(俺、嫌がられてるのかな。)


 何も言わずに立ち去った。


 紬は陸斗が明らかにいなくなったことを確認するとテーブルの上に腕を組んで顔を埋めた。


何も話せない自分を悔やみ、恨んだ。



せっかく
来てくれたのにどうして
自分は話せない。

言葉が出ない。


自信はないけれど、まだ陸斗のことは心から許せる人だと思っていた。


喉をおさえた。


「ぁ……。」


 声が出ない。
言いたいことが言えない。
話したい人と話せない。


自分はどうしてしまったんだろう。

気持ちが落ち込んだ。


教室に戻ると、数ヶ月前の自分になっていることに気づく。

誰も紬に興味をもたなくなった。


話しかけてもこない。

自分ではない世界は歯車のようにグルグルと急足で回っている感覚だった。

紬の世界はずっと止まったまま。


ビデオ録画したものを2倍速で進めると紬以外は颯爽と動いている。



体と心が止まっている。



誰もそのことに触れようとしない。
いや、腫れものに触るように触れてはいけない空間だと解釈しているのがほとんどだった。

宇宙人になったのかもしれない。


会話のできない人。

話しかけても頷いたり、表情を作ることしかできない。



隣のクラスの輝久も、告白してしまってから返事も聞けずに、話しかけることもできない。

 何も言わない方がよかったのか。

 自分のせいで話せなくなったのかもしれないと、落ち込んでいた。




誰とも話せなくても、1人でいることは前から慣れていたため、学校には通うことができていた。



授業の質疑応答も筆談で何とかこなした。





ーーー
放課後になり、陸斗はコードつきイヤホンを耳につけて、ズボンのポケットに手を入れて、壁に左足を後ろにつけ支えながら、昇降口で紬を待っていた。


 小さな声で音楽に合わせて歌ったりもしていた。


 帰宅する生徒たちにチラチラと覗かれながらもそれさえも気にせず、歌を聴くのに集中していた。



先に出てきたのは、紬と同じクラスの美嘉と隆介の2人だった。陸斗が昇降口にいることに気づいた。


「陸斗先輩!」


「お、おう。」


「紬ちゃん、かなり元気無いみたいですけど、大丈夫でした?」


「俺らも話しかけても全然反応するのも辛そうで、話してる途中でどこかいなくなるんですよ。なあ、美嘉。」



「陸斗先輩は紬ちゃんと話せてます?」



「そう見える? 実は俺も話せてなくてさ。原因ってなんかあったかな。」



靴箱で外靴に履き替えて紬は陸斗と美嘉と隆介が3人で会話しているところを見た。

自分よりもあの人たちと話してる方が楽しそうだなあっと一瞬で判断してしまい、約束していた昇降口の待ち合わせさえも忘れてその場から立ち去ってバス停に向かおうとした。


 話していた途中で陸斗が紬の昇降口から出てくるところに即座に気づいた。


「あ、紬! ちょっと待って!」



 陸斗の声に気づかないのかそのまま進んでいく。

 美嘉と隆介は納得できなかったが、そっとしておこうと2人を追いかけることもせずに歩き始めた。



「紬ちゃん、文化祭の時、何があったのかな。そういや、輝久くんの様子も変だったよね。」



「輝ね…。確かにそうかも。」





「ねえ、ちょっと、待ち合わせしてたじゃん。」

 
全然振り向こうとしない紬の肩に触れた。耳にはワイヤレスイヤホンが付いていた。通りで気づかないはずだ。


イヤホンを外して、陸斗を見る。


「…あ。」

少し怒りの表情であることに気づいた。何か悪いことしたんだと、静かに頭を下げた。


「別に怒ってないけどさ!イヤホンつけてたのわからなくて…。」


紬はイヤホンは付けていたが、音楽は聞いていなかった。

振り向かないさりげない理由を察してほしかった。


2人は校門前で立ち止まった。


何だかうまく会話ができないことに苛立ちを覚えた。


 
「紬! どうしたんだよ。全然、話せてないし。俺、何かした?」


 首を横に振った。
 握られた手をパシンと何も言わずに離した。


 人を避けることしか防衛能力がなかった。



分厚い殻に覆われて閉じ込められたまま、気持ちは外に出せなかった。

 
傷つきたくない気持ちが大きく出て、好きな陸斗でさえも避け始めた。



 もうどうしていいか分からずに、その場から走り去った。


 頬には涙が伝っている。



 陸斗は避けられてしまってることにショックを覚えて、追いかけることができなかった。




駐輪場から自転車に乗り、そのまま自宅に帰った。


家の駐輪場に着いてすぐに陸斗は電話をした。本人に確かめるより先に確認しておきたかった。


「もしもし、俺、陸斗だけど…。」


『お、おう。なんだ? 勝者気取りか?』


 陸斗は洸に電話をかけた。バイトに行ってる洸から見た紬の様子を確かめた。


「は?何の勝負よ? …あのさ、紬ってバイト先で会うの?」


『あ、ああ。紬ちゃんの話? ふーん、それ聞きたいわけ。さーてね、どうしようかな。』


『変わりないよ。相変わらず、部屋にこもりっきりかな。前と一緒に戻った感じで、店の手伝いとかしてくれてた時あったけど、全然。紬ちゃんは、裏口から出入りすることが多いから俺もずっと見てるわけじゃないし、真面目に仕事してるからな。んで、何聞きたいの? なんかあった??』


「いや…別に、なんでもないけど。」



『陸斗~、紬ちゃんは想像以上に陸斗のこと好きだと思うよ。俺からの意見だけどさ。しっかり大事にしなよー。』



 洸は電話しているとちょうどバイト先の店にバイクで到着したところだった。


 陸斗にはそう言っているが、自分は心からそう思っていない。そう電話をかけるということは何かあったんだろうと、お店の裏口から中に入った。

「おはようございます。」


「お、おはよう。洸くん。今日もよろしくね。」


 店長の遼平は、洸の肩をポンと叩いた。


「よろしくお願いします。店長、紬ちゃんって最近お手伝い来ないですけど、お元気でした??」

 キッチンでディナーの仕込みをしている遼平に声をかける。

 洸は荷物を更衣室に置いて話した。

「紬の話? うーん、そうだね。最近、調子悪いみたいでね。洸くん、話しかけてみてよ。元気出るかもしれないから、2階にいたし。店はまだ始まらないし、ちょっとだけ行ってみて。」

 
 遼平は藁をもすがる思いだった。紬は家族でさえも会話がまともにできていない。


「そーなんすか。んじゃ、ちょっと一声かけてみますね。」


 仕事着に着替える前に洸は2階の階段に登って、ついさっき帰ってきたばかりの紬の部屋に行ってみた。



部屋のドアをノックする。

返事のできない紬は、静かにドアを開けた。


「よっ。紬ちゃん、元気してたかなと思って。…この間は、ごめんね。無理やりだったもんね。…気をつけるから。」

 話す内容に興味がないかずっと無表情の紬。

 いつもと違う様子に洸は話し続けにくかった。

 顔の横で手を振ってみても、紬は鉄のように動かず、瞬きもしなかった。

 
「……紬ちゃん。何かあったの?心が悲鳴を浴びてるよ?」


 洸の一言で、紬は頬に涙を伝った。



「……私……陸斗の彼女には、なれない。」


「ん?彼女じゃないの?付き合ってるんでしょ?」


 首を横に振った。目に溢れ出る涙を手で拭った。


「んじゃ、俺の彼女になってよ?」



 その質問には断固として首を何度も横に振った。


「そこだけは譲らないんだね。まーいいけどさ。」


洸は自分の体に紬の頭を寄せた。



「とりあえず、泣きたい時は泣けばいいよ。俺の胸で良ければお貸しします…。」

(前は、両手で押されて嫌がられたけど、今は全然嫌がってない?…見込みある?)


 紬は鼻水をすすって、洸の長袖シャツにつけてしまっていた。
 
 離れたくても離れられない理由は鼻水が出ていることを見せたくない恥ずかしさだった。

「ぅえ?! ちょっとぉー、鼻水…。」

「……。」

申し訳なさと自分の行動がおかしかったのか笑いがとまらず、顔には表していなかったが、震えがおさまっていない。うまく表現できないらしい。

「紬ちゃん…。普通に笑いなよ。」

 そう言っても全然笑うことができずに、ただひたすらに震えているだけだった。

 逆にその仕草が洸にとっては面白かった。

 両手で口角を上げさせた。

 笑顔の作り方を忘れてしまっていたようだ。


お店の下では誰かの声がしていた。



「こんばんは。」

 裏口のドアを開けて、入ってきたのは、私服姿の陸斗だった。

 学校終わりに制服から私服に着替えて、父の車を借りて紬の様子を見に来たらしい。

 あんなに拒絶した反応をしたのになんで来たのだろうと不思議で仕方なかった。

「あ、陸斗くん。こんばんは。今日はバイトとか大丈夫だったの?」

 裏口すぐのキッチンから遼平が対応した。

「ええ。シフト休みだったので、大丈夫です。すいません、連絡頂いて、ありがとうございます。」


「いや、逆にお願いしたいのはこっちの方だから。ごめんね。何か忙しかったみたいで、部活は良かったの?」


「今、左足捻挫してたので、部活は休んでたんです。」

「陸斗くんも大変だね。部活後にバイトも入れて忙しいじゃないの?受験生でしょ?」


「いえ。大丈夫ですよ。自分がやりたくてやっているんで…すいません、2階上がらせてもらってもいいですか?」


 靴を脱いで階段の方に歩き進めた。


「うん。ぜひ、上がって。紬のこと頼んだよ。」


「お邪魔します。」


 陸斗に連絡していたのは,紬を心配していた父の遼平の方だった。

さすがに父のお願い事を断る理由が見つからなかったのだろう。


本人も紬のことが心配だったため、ちょうどよかった。




紬の部屋の前で待機していたのは洸だった。


紬は陸斗が来たとわかると部屋の中に入り、ドアを閉めた。


「王子様のご登場ですか?」

「なんだよ。洸、いたの? ほら、バイトは良いの? お店そろそろ開くでしょ?」

「俺も店長に頼まれたんですー。」

「あぁ。そうですか。時間外労働ですかね? サービス業務?」


 軽く、洸の背中ににパンチした。どんな状況であれ、何か悔しかった陸斗。


 洸は、白旗をあげるように陸斗の肩をポンっと叩く。


「紬、中入っていいかな?」

 声をかけると何故かガチャと鍵を閉められた。

「うわぁ、陸斗鍵閉められてやんのー。」

 陸斗は洸を睨みつけて、手で早く行けと払いのけた。

 長期戦になるだろうなとドアの前に座り、背負ってたギター袋から、アコースティックギターを出して、ピックをケースから取り出した。


 ポロンと試しに弾いてみて音を確認した。

 文化祭で歌ったものと同じものを歌ってみた。

 下のお店にも聞こえてしまうが、これは紬だけのための歌だとアピールしたかった。


 透き通った声で陸斗のドアの反対側で体育座りで座っていた紬は天を仰いで聞いていた。

 BUMP OF CHICKENの天体観測だった。

 他の誰のものでもない。

 
 自分自身のためだけの演奏と歌にもの凄く嬉しかった。


 本当は歌もギターの演奏も自分のためにしてほしかったタダのわがままだったのかもしれない。

 
 自分じゃない誰かのために歌っていることが嫉妬として生まれた。



今まで感じたことのない思いだった。


輝久のことが好きだった時も嘘だったが、他校の女子のことを言われてもそこまで過剰に反応しなかった。


少しでも自分を見てくれてはないんじゃないかと思っただけで不安になった。


恋は盲目で、足元も見えなくなることもあるようだ。


歌って演奏中にも関わらず、鍵のかかっっていたのがガチャと紬の部屋のドアが開き、ドンと背中が当たった。

「痛ッ。」

 ぶつかったかと思うと、紬は後ろから陸斗の首に腕を回した。少し苦しかった。


「ご…ご…めん…な…さい。」


 泣きながら謝った。


 本当の気持ちを言えなかった自分に後悔した。


 何となく、紬の気持ちを悟った陸斗は何も言わずに腕をポンポンと優しく撫でた。



「もう1曲良い?」


「うん。」

 気持ちが落ち着いたのか、横に正座して、静かに聞いていた。



 お店にはお客さんが何組か入っていたが、上から聞こえるギターの歌がBGMのようで耳障りではなかった。


むしろ好評だったようで、誰の歌ですかと確認する人もいた。

不機嫌そうに洸は食べ終えたお客さんの食器を片付けてテーブルを拭いていた。



(結局、俺は二番煎じか。少しは手助けしたよな。フォローしたぞ。役に立っているはず。)


ため息がとまらない。

女性に困ったことがない洸は、こんなにも断られるとは思いもしなかった。
 むしろその方が燃える。

 相手もいれば尚更。

 と思ったが、その相手は従弟。
 自分よりも身長高い。

 負けてるところはどこだと探しても探しきれない。

「洸さん、姉ちゃんと出会ったところからやり直さないと無理っす!」

横やりを入れるのは紬の弟の拓人。

考えていることを読まれているのか。

ホールの片付けしながら、言ってくる。

「仕事しろよ?」

「してますって。」

 兄弟喧嘩のように、キッチンに食器を持っていく。


 洸は紬よりも拓人と仲が良すぎている。

拓人と仲良くできるのに姉の紬は鉄壁のように越えられない壁があった。




ギター演奏を終えると自然に紬は陸斗を部屋の中に誘導していた。それでも流暢には会話できてなかった。

 頷くことがメインだった。

「俺と話せなくなったのは、文化祭のライブの影響?」

 ベッドの上に座る紬と勉強机の椅子に座る陸斗。

 静かに頷く。

「何も言わないでいたことが問題あったかな。サプライズのつもりだったんだけど…嬉しくなかった?」

 その問いにも頷く。

 紬は陸斗が歌うとは思ってもなかった。

 康範と同じで裏方の仕事をするのだと思っていたらしい。

「もし、先に言ってたら、やめて欲しかったのかな。」


「……。」

 近くにあった紙に、何かを書き始めた。


『先に歌を聴きたかった』


「カラオケで歌ったじゃん。」


『ギターが無い。』


「…つぅ…確かにそうですね。ギターはひいてませんでした。」


 結構細かく、ご注文があるお姫様だと陸斗は思った。こうなることなら,初めから話をしてからライブを誘えば良かったと後悔した。


 少しずつ、表情に柔らかさが出てきた。

「森本さんが、紬と話できないこと残念がっていたよ。殻に入ってないで、友達と話してみたら? ゆっくりでいいからさ。1人も楽な時あるけど、ずっとは…。」


 1人の時間がものすごく長かった紬はそれが当たり前だと思って過ごしてきた。

友達がいることの方が違和感を感じている。

やっと慣れてきたかと思ったらこの調子。

「今、何がストレス?」


『陸斗と話ができないこと。』


「うーん。意味がわからない。」


『話がしたくないわけじゃなくて、できないの。』


「どうしたらできるの?」


『それを知ってたら苦労しない。』


「よし、わかった。出かけよう。」


『今から?』


 紬は壁掛け時計を見ると午後7時を差していた。

もうすぐお店の閉店時間だった。


「そう、今から。ちゃんとお父さんに声かけるから。」


 陸斗はポケットから車の鍵を取り出して、上着を羽織るようにと紬に指示した。

2階から駆け降りて、遼平に出かけてくると声をかけて、裏口から出ようとした。


洸は、羨ましそうな目でさっきよりも元気よさそうな紬が見えた。


(やっぱり俺よりも陸斗か…。)



 手に持っていたふきんで思いっきりテーブルを必要以上に綺麗にした。





 陸斗と紬が乗った青いセダンの車がエンジン音を響かせて、国道を走っていく。
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