シリウスをさがして…

高価なものはいらない

窓から見える外はもやがかかっていた。
 
 スズメとカラスが、ところどころで鳴いている。


 久しぶりに吸うタバコの煙が肺に入ってむせてしまった。


 電子タバコの充電が無くなって、接続コードを家に忘れてきたため、近くのコンビニで紙タバコとライターを買った。


 缶コーヒー片手にたばこと交互に味わう。


クイーンベッドの上では横向きになって美嘉が寝ている。


 寝返りを打って、ソファでタバコを吸いながら、くつろぐ洸見た。


「…あれ、もう起きてた? ちょっと待って。今何時?」


「え? 今は、朝の7時だけど…。」


「うそ? もうそんな時間? いや,もうやばいんだけど!」


「な、何した?どうした?」


「午前中にお母さんたち帰ってくるから見つかったら大変なの!申し訳ないけど、帰ってくれないかな。」


美嘉は部屋の中に散らかる洸の荷物をまとめ始めた。


昨夜は突然の電話に胸が高鳴るほど喜んで、旅行で出かけた両親がいないからと家に来て良いよと部屋に案内した。


 案の定、洸の欲求に応えて、一夜を明かした。


クリスマスでバイトが忙しいと言ってたはずが、夜22時頃、今から会いたいと言われて嬉しくない彼女はいない。


 洸はせっかく高価な部屋を借りて、紬と最後までと考えていたため、未遂に終わったことが残念で悲しくて、こと尚更フラれたことの穴埋めをしたくて、すぐに美嘉に連絡した。


 幼少期から両親と過ごすことが少なかった洸は誰かと一緒にいないと寂しすぎて落ち着かなくなる。


少しの時間を1人で過ごしたくない。


聖夜は恋人たちのクリスマスと世の中は言われている。


美嘉は洸が他にも誰か彼女がいるんだろうなと予想はしていた。

 
 それでも、自分の元に来てくれるだけで嬉しかった。


いつかは自分1人のために本命として来てくれることを祈っていた。


クリスマスだというのにプレゼントを前もって用意していなかった洸はバイト先でたまたま余って貰っていたスノードームをバックに入れていた。


 それを美嘉にプレゼントしたら、予想以上に喜んでくれて素直に嬉しかった。


いい感じに過ごせたのにこの有り様。


「ごめん。家、そう言うのめっちゃ厳しい両親で、彼氏いることも言えないの。後で、待ち合わせして会い直そう! 午後の2時くらいに仙台駅でいい?」


 洸の背中を玄関先まで押しながら、美嘉は待ち合わせ場所を決めた。


「え、待って待って。これって、俺、追い出されてる?」


「そう! てか、家、誰もタバコ吸わないからから、タバコ吸ったらすぐバレちゃうよ!証拠隠滅しないと!」

美嘉は親に見つかることをかなり恐れている。消臭スプレーを吹きかけまくっていた。

「しかも、家の親、鼻がよく効くの。百合の花置いただけでやめてって言われるし。たばこなんてもってのほかなの。」



「洸のことは好きだけど、タバコはごめんなさい!!」

 
 美嘉は洸の周りにも消臭スプレーを振り撒いた。


 ズンっと落ち込む洸。


「俺にまでかけなくても…。なんで、そんな俺を受け入れたんだヨォ。」


「だって、昨日、今にも死にそう顔して目の前に現れたら、誰だって助けてあげなくちゃって思うでしょう。元気になったから良かったけど…いろんな意味で。」


美嘉はじっと下の方を見ている。


「ちょっと、どこ見てるの?!」


 洸はオネエのような仕草をした。
 胸とお股を両手で隠した。


「あとで、一緒にお出かけするから!お願いだから今だけは!」


 美嘉は洸に手を合わせて懇願した。


「分かったよ。落ち着いてからで良いから、俺のこと正式にご両親に紹介してよ? タバコは…禁煙できるように努力はするから。」


 バイクに置いていたフルフェイスヘルメットをかぶって、エンジンをつけた。


「禁煙してからね!」


「んじゃ、午後にね。あ、でも、ディナーのバイト、シフト入ってるから16時までだけど、大丈夫?」


「そしたらカラオケに行くから、2時間くらいかな。」


「その時間なら間に合うね。分かった。んじゃ、駅前に2時ね。」


そう言って、洸は手を振って別れを告げる。

 エンジンを、ふかして、スピードを出した。


 美嘉は通り過ぎる洸の後ろ姿を見えなくなるまで見送った。
 ハッと気がつくと、着ていた服はパジャマだったのに驚いた。慌てて、お家の中に入っていく。


幸いにも誰にも見られていなかった。






***




目覚めるとベッドの横にはすりガラスの窓から光が差し込み、キラキラしている宝石のようなおもちゃが置いてあった。


クリスマスの朝、プレゼントは枕元に置かれているというが、陸斗はバイト中にたまたま女の子から貰ったサンタとトナカイの折り紙と、スライムを食紅で赤と青で付けて冷凍庫で固めた宝石のようなおもちゃを紬にあげようと置いておいた。


陸斗は服に着替えて起きていた。


「綺麗…。」


手で触ると、光加減で色が変わるなと変化を楽しんでいた。



「キラキラしてるよね。スライムで出来てるんだって。…それ、あげるよ。」


インスタントのコーヒー粉をマグカップに入れて、ポットのお湯を注ぎ入れた。

コーヒーの香りが漂ってきた。


「ごめん、急だったからプレゼント用意できなくて…。とりあえず今のしのぎでそれを受け取って。あと、はい、コーヒー。」



「ありがとう。プレゼントはなくても良いよ。充分なことしてもらったし、気にしないで。このサンタとトナカイも好きだよ!」



 顔を真っ赤に染めて言う。

 
 笑顔がこぼれる。

 テーブルにマグカップを置いた。

 紬の顔を見ておもむろに、後ろからハグをした。



「…もう1回してもいい?」


「そ、それはちょっと…体力がッ。」


 左脇から口を唇で塞がれて何も話せない。

 
「んじゃ、これだけね。」



「そういえば、なんで、陸斗は早くに着替えてるの?」


「なんか、浴衣ってそわそわするじゃん。寒いからさ。暖房つけてんだけどさ。」


「私ばっかり浴衣着ててさ。恥ずかしいよ!」

自分自身の両肩を抱き締める。


ベッドの脇に置いておいた洋服に着替えようとした。


「あ、あっちの方、見てて!」


「えー、全部知ってるのに? 着替えさせてあげる?」


 両手で跳ね除ける。頬にあたる。


「別にー、いいじゃん。減るもんじゃないしぃ。」


「減る!きっと減る。体力が!精神力が!!」


「わかったよ。あっちで待ってるから,着替え終わったら教えて。」


陸斗はベッドのふとんを整えると出入り口付近の廊下で荷物を持って待っていた。

 影になっていてこちらの方は見にくくなっている。


 ホッと安堵した紬は、それでも後ろ向きで服に着替えた。


 警戒心が強すぎる。

部屋の中の整理整頓を終えて、荷物を持った。

 2人は、部屋を出た。


 外は既に日が昇って、明るくなっていた。

 こんな時間に路地裏で移動するのはなんだか恥ずかしかった。


 近くで同じ若いカップルが歩いていくのも見える。


 そそくさと通り過ぎて、大通りに出る。


「あ、どこか寄っていく? 朝ごはん食べてないよね。」



「うん。お腹空いてる。」


 きゅるるるーとお腹が鳴った。

「あ、行ったことなかったんだけど、牛丼屋さん。行ってみたい!」

 紬は突然閃いた。

「え、サラリーマンがよく行く感じだけど良いの?デートっぽくないよ?」



「陸斗と一緒なら、どこの店行ってもデートになるよ!」


 陸斗は、頬を少し赤くする。
 はにかんだ。

「そっか。んじゃ行ってみる?」


「陸斗はあるの?」


「うん。何回もあるよ。バイト終わりに康範と一緒に時々行くから。俺のおすすめは、そうだなぁ。にく家なら、とろろ牛丼だし、牛野屋なら、豚丼頼むよ。牛丼屋だけどね。どっちも近くに店あるけど、どっちがいい?」


 笑いながら、言う。


「うーん。とろろ好きだからにく家にする。」


「了解。んじゃにく家ね。ん!」


 陸斗は左腕で三角形の空間を作った。


「あ。お邪魔します。」

 
 空気を読んだ紬は、右手を通した。輪っかに通すように入れたが、ギュッと挟まった。

「え!? 痛いんだけど。」


「ごめんごめん。はいどうぞ。」


「まったく、もう!」

 
 そう言いながらもその絡みが嬉しそうだった。

 腕を組んで石畳の歩道を歩いた。


「ご飯食べたらさ、時間的にまだ店開いてないけど、どこか行きたいところとかない?」


「特に考えてなかったよ。このまま帰らなくても大丈夫かなという心配もあるけど、日中だから良いよね。」


「あー、そっか。そしたら、一回帰ってから、待ち合わせする?自転車を家に持って帰りたいんだよね。あと、遠出するなら車借りてくるから。」


「うん。そうしようかな。んじゃ午後にまた待ち合わせに。陸斗、お父さんに顔合わせづらいなら駅まで行くよ?」


「………そうしてもらえると助かるかも。
ハズイよね。確かに。」


「時間と場所は?」


「午後2時に仙台駅ステンドグラスにしよう。確か、今はクリスマスフェアやってるからチョコとか売ってるかもなぁ。」


「待ち合わせよりチョコに夢中になりそうだよね。」


「うん、そうかも。ほら、今は腹ごしらえでしょう。」


「はいはい。」


 牛丼屋の自動ドアを開けて、中に入っていく。

 今は座席にあるタブレットに表示されるメニューをタッチするだけですぐに注文したものが運ばれてくる。


 安いうまいの決まり文句の牛丼屋は本当に出てくるのが早かった。



 初めて食す牛丼に舌鼓をうち、2人は朝ごはんにありついた。

 
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