シリウスをさがして…

なんだかムシムシする

夏も夏の今は7月の梅雨明けを終えている。

どこに行ってもお店や家ではエアコンを付けないと体の穴という穴から汗が噴き出てくるくらい暑い。

そんな中での紬は入院となってすぐ翌日には退院となったが、電子タバコを吸いに行くと行って、全然病室に戻ってこない。自分の分の朝ごはんとレモン飴を頼んだはずなのに、すでにお昼になっている。次のお昼ごはんの準備が始まった。看護助手の若い子2人が並んで、カートと番茶が入っているやかんを持ってきた。

「失礼します。お茶入れておきますねー。」

「はい。ありがとうございます。」

 家から持ってきてくれたマグカップをテーブルに常に置いていた。温かいお茶が注がれる。湯気が出て、舌がやけどしそうだ。少し冷めてから飲もうとそのままにしておいた。

「…陸斗、遅いなぁ。どこに行ったのかな。スマホ…。あれ、バックの中でバイブ鳴っている。忘れて行ってる。」

 近くに置いていた黒いバックのポケットからか、今紬が鳴らした着信であろうバイブがブーブーと鳴っている。

「えー。スマホがここだとどこにいるか…。」

紬は心配になった。こういう時誰に相談すれば…。なんと無く父に電話するのは、まだ和解もしていないし、気恥ずかしいのか。紬は遠くのつながりの美嘉に電話で相談することにした。
 ラウンジに行ってスマホの電話を使っていい場所に移動した。

「美嘉? ごめん、相談したいことがあるんだけど。」

『紬?どうしたの?』

「あのね、今、総合病院に入院して退院を今日する予定なんだけど、陸斗が駐車場にタバコ吸いに行くって行って戻って来ないの。スマホは病室のバックの中でさ。一応、夕方までは入院ってことだから抜け出したらまずいかなぁって思って、まだ体的には回復したばかりだからフラフラしてて…。」


『え、そうなの? 紬、陸斗以外に家族はいないの?』


「そう。いないの。今、お父さんと喧嘩中だし、電話かけづらくて…。かと言って洸さんに直接電話するのもウチで仕事中かと思うし…。面倒かと思うんだけど、美嘉からウチに電話して洸さんに繋いでもらえないかな?お父さんには内緒にしてほしい。」


『はぁ…。なるほどね。わかった。そういうことか。仕方ないなぁ。美嘉ちゃんが一肌脱ぎますから、このお礼は高くつくよ~。』


「うんうん。お礼はなんでもするからお願いします!」


『なんでも?!それは張り切っちゃうぞ。んじゃ、また連絡するから待ってて。』


「ありがとう。」


 そう言って、美嘉は電話を終えた。紬は、昼ごはんの配膳が始まった病室へ戻る。朝と同じでお粥と梅干し、そしてかまぼこがおかずとして出てきた。


***


「お電話ありがとうございます。ラグドールです。…ん、美嘉?何したの?」

直接仕事中であろうラグドールのお店に美嘉は電話をかけた。ちょうど出たのは洸がだった。様子がいつもと違うと察したのか遼平がこちらを伺っていた。

「あ、ああ。うん。うん。……そっか。わかった。え、調子悪い!?それは大変だ。待って、んじゃ確認してみるから待ってて。」

 洸は途中から台本があるかのように棒読みになっていた。電話の保留ボタンを押した。

「店長、すいません。美嘉の体調がすぐれないということなんで、このまま早退させてもらってもいいですか?1人で病院行けないっていうので、送っていかないと…。」

「へ?美嘉ちゃんが?大丈夫なの?まぁ、お店はバイトの子もいるから何とか回せるけど、夜までには戻ってきてくれれば助かるかな。無理な時は電話ちょうだい。その時は穴埋めするしって思ったけど、……でもな、いや、いいや。そのまま休んでいいぞ。拓人に手伝ってもらうし、何とかするわ。」

「すいません、ありがとうございます。」


「おう。」


「もしもし、美嘉。今から行くから、待っててな。」


『うん。わかった。』


 洸は、美嘉に告げると帰りの支度をした。

「すいません、お先に失礼します。」

スタッフに聞こえるように大きめの声で叫んだ。みな「お疲れ様でした」と笑顔で返答してくれた。洸は裏口から、駐車場へ出た。

 車に乗って、すぐにスマホをBluetoothに接続した。

「ちょっと、ちょっと。さっきのどういうこと?!本当はなんだっていうの?演技しろって無理だわ。元気よさそうな声で話してる美嘉なのに…。」


『だから、今、紬が大変なの。私も一緒に行くから紬の入院してる病院連れてって。』

「はいはい。総合病院だっけ。出かける準備はできてるの?」

『うん。すぐ行けるわ!服着替えたら。』

「着替えてないのかよ。」

『妊婦に着る服は少ないっだってば。何回も同じ服着れないつぅーの。それに比べてパジャマはずっと同じでも怪しまれない。』

「はいはい。んじゃ、着替えて待っててね。行くから。」

 シフトレバーをDに変えて、洸は車を走らせた。出勤してまだ2時間しか経っていない早退はなんだかズル休みをした生徒になった気分だった。



****



「陸斗ー!どこだー。」


 洸は総合病院の駐車場で陸斗の車を探した。美嘉に紬からラインメッセージが届き、『車の中にずっといるのかもしれない』と書かれていた。

 洸は、陸斗が乗る車はさとし所有の青いセダンの車と知っていた。だが、広い駐車場で、しかも平面駐車場の他に立体駐車場もあって、どこか検討もつかない。一緒に乗ってきた紬は具合悪くかったため、場所を覚えていなかった。

 車椅子に乗ったことだけ覚えていたらしい。大きい病院で広い駐車場では探しづらい。

 美嘉も洸と一緒になって、陸斗の車を探した。

 すると、エンジンがついたままの青いセダンの車が遠くの方に停まっているのが見えた。

 病院入り口からは影になっていて、気づかなかった。

 ガラスを手の甲で、コンコンと警察の職務質問するかのように叩いた。

 中の様子を見ると運転席を横に倒して、タバコを片手に爆睡しているのが見える。

「陸斗ーーーー!!」

 洸は、車の中に向かって叫ぶ。

 ドアは開いてないのかと確認したら、施錠されていない。洸は、そっと運転席のドアを開けて、陸斗の体を揺さぶった。

 後ろから美嘉が様子を伺う。


「ふ・・・へぇ!? え、なんで、洸がいんの?」


「え、なんで、陸斗がここにいるの?!…じゃないよ。おいおい、紬ちゃん心配してるぞ。病室、まだ戻らないわけ?」


 状況把握するのに3分はかかった。
 病室で眠れなかったからか、車の中の方が熟睡できたらしい。

 暑かったため、エアコンをつけっぱなしにアイドリングさせながら寝ていたらしい。

「あーーー。マジか。俺、やらかした。あれ、スマホ。どこにもない。ポケット、車・・・。」

「紬ちゃんから聞いてたよ。スマホ、バックにあるってよ。」

 
 洸は呆れてためいきをつく。


「あ、そっか。なら良かった。」


「良くないっしょ。ほら、早く病室行ってやんなよ。あと今日中に東京帰るって言ってなかった?」


「うん。まぁ。講義あるし、バイトもあるし…。単位落としたらまずいから。」


「陸斗先輩、大丈夫ですか?幸せボケだったりしてぇー。」


「そうとも言い切れない。」


 
「ほら。しっかりしろ、陸斗。」

 背中をバシッと洸は陸斗をたたく。


「先輩、紬に会いに行ってもいいかな。」

「いいんじゃない。喜ぶよ。」

「陸斗ー、俺も行っていい?」

「洸はだめ。」

「なんで!?」

「エロい目で紬見るから。」

「そんなことないよ!だってほら、美嘉いるし。」

「今横に目ずらしただろ。嘘だな。森本さん気をつけなよ。洸、嘘つくと今の目するから。」

 美嘉はじーっと見つめた。

 洸は冷や汗をかいて上を見上げ、口笛をふく。
 
 ごまかすように走り去る。

 おにごっこが始まっている。

 いい大人でもこんなふうに追いかけっこするんだなと陸斗は頭に腕を組んでゆっくりと歩いた。


***

 そんなこんなで結局、洸も一緒に紬のお見舞いに行くことにした。

 病室をノックして陸斗は入ろうとすると中では誰かとの話で盛り上がっていた。


(お客さん?)


「あ、陸斗。どこ行ってたの?あれ、美嘉!と洸さん、来てくれたんですね。」

「陸斗!電話ないから、こっちから来たぞ。車も取りに来たから。」

「父さん!?」

 病室にいたのは、さとしと紗栄だった。紬のお見舞いに顔を出してくれたらしい。

「あれ、洸も来てたの?」

 紗栄が声をかける。

「紗栄もいたんじゃん。なになに、珍しいじゃん、2人でいるの。いつも出張でいないのに。」

「洸、紗栄おばさんでしょ!?呼び捨てしないで。」

 美嘉は親しそうな紗栄と洸を見て、純粋に嫉妬した。

 そして、紗栄はすごく綺麗で美人だった。自分の容姿と見比べて、ため息をつく。

「あれ、そちらのお嬢さんはどなた?」

「あ、森本美嘉です。」

「俺の婚約者です。この人です。あと2ヶ月で子どもがね、産まれるの。ご祝儀楽しみにしてるね、おじさん!!」

「は!?? 何、洸、いつの間に。こども作ってんの?結婚も同時?まぁ、いつかは何かやらかすと思ってたけどって、陸斗も変わりないけどな。まぁまぁ、それはそれはおめでたいことで。結婚と出産と同時ではご祝儀奮発しないといけないじゃんね。美嘉ちゃんだっけ。……いろんな意味で頑張って!あれ、美嘉ちゃんは知っているの?本当の…」

 さとしは洸に口を塞がれた。言おうとしたことが言えなかった。

「ちょ、それは言わないで。俺からもまだ言ってないから。」

「え、洸。なんの話?」

「ん?まあ、今じゃなくてね。あとでじっくり話すから。今は紬ちゃんのお見舞いね。」

 そう言いつつも、紗栄とさとしと洸と美嘉は洸の秘密の話で盛り上がり、こちらのことには目を向けていない。今がチャンスと陸斗は小声で話し出す。


「ごめん、紬。俺、駐車場でずっとタバコ吸ってから寝ちゃっててさ。電話を忘れてくし…。気づかなくてごめん。」

「本当、気をつけてよ。そういや、帰りの退院の支払いって、陸斗は先に帰るよね。私払ってていいの?」

「あぁ。あとで、紬の財布に多めにお金補充しておくから使って、それと退院後ってどうするか決めてた?実家?東京?それによって帰りの新幹線のチケットとるとかあるから。」

「そうだよね。体調のこと考えて、実家で過ごしたいけど、まだお父さんと喧嘩したままだから…。」

「ああ。だよね。俺、帰るときにお父さんと話してからにするから、安心して。紬は体のことを第一優先でいいから。」

 左手をぎゅっと握って言い聞かせる。

「ヒュー。ラブラブですねぇ。」

 洸が冷やかす。美嘉が洸の足をふみつける。

「紬、元気そうで本当良かった。夏でも体の冷やし過ぎには気をつけてね。」
 
 美嘉は言う。

「ありがとう。」

 照れながらも嬉しそうだった。

「そろそろ、お暇するわね。陸斗、お父さんに車の鍵渡してくれる?」

「あ、ああ。はい。これ。」

「どこに停めてあるの?」

「えっと、外に出て、東方向の奥の方。」
  
 陸斗が場所を説明する。

「あ、俺、それ、一緒に行くから。さっき、見たから、な。美嘉もそろそろ行こう。」 


「う、うん。」


「陸斗、帰る時は連絡して、駅まで送るから。ちょっと、車使う用事あるからごめんな。」


「ああ。わかった。」


「んじゃ、お大事にね。」


 ざわざわと嵐が立ち去ったように病室は静かになった。


「父さんには、ああ言ってたけど、俺1人で行かなきゃないところあるからバス使って行くわ。東京帰る前に解決しないといけないことあるしな。紬は、夕方は病院には迎えを俺の代わりに頼んでおくから安心してな。さてと、俺もそろそろ行かないとな…。」


 バックの中身を整えて、帰り支度を始める陸斗の腕を紬はつかんだ。


「行ってほしくない。」


「え、だって、行かないと…いろいろ先にすす、……。」


「わかるけど! わかってるよ?お父さんに許可もらいに行くんでしょ。いろんな状況、たくさんやらなきゃいけないってわかっているけど、1人になるのは嫌だし、これからも陸斗から離れるのもやだから…。子どものこともあるし、もう、自分でも何をしたいかわからない。」


 マリッジブルーでもあり、マタニティブルーで、ホルモンバランスもくずれ、情緒不安定になっていた。生活環境が変わるというストレス。いつもいる人がいないストレス。涙がとまらない。

 やりたくないことをやらなくてはならない。1人になるということ。

実家にいてもみんな仕事していて、ほぼ部屋の中で1人で過ごす。

もちろん、東京のウチにいても同じことだが、大学やバイトに行っていても何が違うかは陸斗がそばにいないということ。自分の元に帰ってこない。

心配事が増えていく。

陸斗の胸に太鼓のようにグーパンチで軽く叩いた。

「簡単に忙しいからっていなくならないで。私だって、辛いんだから。」


「……ごめん。でも、今東京でやらなきゃいけないことがあるし…。」

 何も言わずに泣き続ける紬。
 陸斗はふと考えた。
 あんな人がごった返す人が溢れた都市。
 四方八方見渡せば、選ぶことさえしなければいくらでも求人がある世界。
 自分じゃない誰かでも成立する。確かに給料は地元よりも高い。でも、高い分、仕事には集中度合いは違い、残業する場合もあるだろう、人との付き合いを大事にすれば飲み会も頻繁に。それを断れば目をつけられる。内定をもらった会社も本当は第一志望ではない。とにかく、何回も受ければどこかに受かるだろうと妥協をしたところもある。東京でなければならないことはない。
 本当になりたいことではない出版業界の職種だ。

 陸斗にとって本当にやりたいことは建築関係の設計士。
 橋のデザインすることに憧れていた。それは、どこの地域でもよい。
 内定をもらっていたが、今後の人生で断ることもありなのかもしれないと考え直した。

「…そしたらさ、東京に住むのやめる?」

「え…。なんで、仕事、内定決まったでしょう?やめたら、働くのどうするの?」

「また面接受ければいいじゃん。やっぱ、地元の方がいいかなぁ。紬はどうするの?大学はもう退学するの?休学したままだよね。」


「…うん。そうだけど。」


「紬も覚悟決めないとね。お腹の子は待ってはくれないから。東京かこの仙台か。君はどっちがいいのかなぁ?」

陸斗は紬のお腹をさすった。電話のようにはなしかける。返答があるかのように頷いた。

「そうかそうか。ママの意見を尊重するらしいよ。大人な意見だね。」

「んなわけないでしょう!」

 子どもができるということは自分たちの思いだけでは決められないこともある。その時の体調や環境によって変化することもあるのだと感じた。

「俺も、紬の気持ちを大事にするよ。どうしたいか教えて。」

紬はため息をついて、深呼吸する。
難しい決断だった。

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