四月のきみが笑うから。

「どうせキラのこともたぶらかしたんでしょ? この尻軽女!」


 バシッ、と鈍い音がして、おさげの少女が倒れ込む。

 そのようすを見て高らかに笑うのは、緋夏だ。


 キラというのは緋夏の彼氏の名前だ。入学してからすぐにアプローチを受け、付き合うことになったらしい。

 以前はあんなに不平不満を自慢のように垂れ流していたのに、結局は彼のことが好きなのだ。


「あたし、知ってるんだから。あんたがいろんな男たぶらかしてるの。悔しいからって人の彼氏に色目つかってんじゃないわよ」

「私、本当になにも……」

「言い訳するな!」


 おさげを引っ張られるようにして無理やり立たされる女の子の顔が、光を受けてこちらにも見えた。

 その瞬間、ギュッと心臓を掴まれたように苦しくなる。ぞわりと鳥肌が立ち、背筋に冷たいものが走った。


「ずいぶん上手な泣き演技ね。ま、それ使ってオトコと遊んでるんだもの。上手になるに決まってるわ」


 ふふっ、と笑う緋夏の顔は、影になっていてなんとも歪だった。

 再度振り上げられた右手が、容赦なくおさげの女の子────琴亜に直撃する。


 うっ、と小さくうめきをあげて倒れた琴亜を、取り巻き達が逃すまいといったように囲んだ。


(わたしは何をしているの。助けに行かなきゃ。友達が傷つけられているのに、かげから見ているだけではダメ)


 心の中ではそう思っているのに、身体の震えが止まらない。

 まるで自分がやられているかのような、心臓が破裂してしまうような痛みと、寒気。

 じわりと涙が張っていく。

 呼吸が浅くなっていくのが、自分でもはっきりと分かった。


 自分は変われただなんて、自惚れるのも大概にしたほうがいい。

 結局また何もできないのか、わたしは。
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