異世界の魔法学園には事件がいっぱい!?~無口な幼馴染ヒーローと美少女のいじめっ子が同級生なんて聞いてません~

26話 卒業へ向けての日々

 卒業試験を目前にした冬。
 ふたりが恋人になって初めて迎える、晴臣の誕生日だ。
 今年は運よく休日と重なったので、これから街へデートに出かける。

「晴くん、楽しみだね!」
「ん」

 これまで、休日が訓練と魔物討伐に埋め尽くされていた晴臣にとって、古都子と過ごす休日は望外の喜びだ。
「ん」の中に、その思いがたくさん詰まっていて、そして古都子にもそれはちゃんと伝わっていた。

「まずはランチに行こう。美味しいお店を、エッラさんに教えてもらったんだ」

 食べることなら任せて、と言われ、古都子はエッラがおススメしてくれた店を、晴臣のために予約した。
 女子受けする可愛いワンプレートから、男子受けする山盛り肉皿まで、揃っているという。
 学園の食堂は一人前の量が決められていて、お代わりなどが出来なかったのだが、食欲旺盛な男子生徒にはそれが不評で、ミカエルの強い要望もあって去年から改善された。
 それまで一人前を食べていた晴臣が、制限がなければ三人前は食べるのだと古都子が知ったのはそのときだった。
 
「晴くん、お腹いっぱい、お肉が食べられるからね!」
「ん」

 うきうきした気持ちが、晴臣から駄々洩れている。
 やはり男子には肉が正義なのだ、と古都子は思った。

 お店の前に着き、いざ入ろうとしたふたりを、呼び止める者がいた。

「ちょっと! 白土さんと黒柳くんじゃない?」
「え? 結月先生!?」

 振り返った先にいたのは、一年生のときに魔法学園を去った結月だった。
 ヘアカラーが抜けた黒髪を、後ろで緩く結び、地味な色のワンピースを着ている。

「ご無沙汰してます」

 古都子が礼儀正しく頭を下げた。

「いやね、もう私は先生じゃないんだから、そんなに馬鹿丁寧にしなくていいのよ」

 口ではそう言っているが、満更でもないようだ。
 すっかり古都子に気を許したらしい結月は、ぺらぺらと喋り出す。
 
「私もさんざん痛い目に合って、心を入れ替えたの。そこの店で、今は真面目に働いているのよ」

 指さした先は、夜にお酒を提供している飲み屋のようだ。
 そして、小声で古都子に忠告をする。

「白土さん、泉さんから何もされてない? 彼女が一年生のとき、あなたをいじめようと、ずっと狙っていたわ。ああいう人種は、自分より下の者を見つけたら、支配せずにはいられないのよ。……私もそうだったから、分かるの」

 中学校時代、いじめの相談を面倒くさがって対応しなくて、ごめんなさいね、と謝られた。
 古都子は、結月の変わりように驚く。
 
「結月先生、どうしちゃったんですか?」
「うちの飲み屋にくる客に、投げやりな態度を説教されたのよ。でもそれが、嫌じゃなかったの。私のことを、真剣に叱ってくれる人は初めてだったから」

 少し頬が赤らんでいるのを見ると、結月はその客に惚れてしまったのだろう。
 
「その客に、真っ当になった私を見てもらいたくて、頑張っているところよ。白土さんも、負けないでね」
「実は……泉さんは二年生の途中で、退学になったんです」
「あら、いろいろ裏で動いていたのが、バレたの?」

 結月の指摘は正しい。
 リリナは取り巻きたちに命じて、古都子の持ち物を盗ませた。
 本当の退学理由は別にあるが、それは生徒には伏せられている。
 こくんと頷く古都子に、結月は納得したようだ。

「悪事はいつか、白日の下にさらされるのよね。経験者が言うのだから、間違いないわよ」

 結月は本当に、吹っ切れたようだった。
 爽やかな笑顔で古都子と晴臣に手を振った。

「デートの邪魔して悪かったわ。じゃあ、ふたりとも元気でね」

 そして先ほど指さした店へと、戻っていった。
 まさか街中で、こんな出会いがあるなんて。

「びっくりしたね。結月先生、すごく変わってた」
「ん」
「でも、いい方に変わってたね!」
「ん」

 そしてお腹を空かせた古都子と晴臣は、予約していた店へと入る。
 実は結月を説教した飲み屋の客とは、晴臣を世話した兵団長ウーノなのだが、この不思議な運命の巡り合わせを、ふたりは後で知ることになる。

 ◇◆◇

 楽しかったデートも、日が暮れるにつれて寂しさが増す。
 帰りつく先の寮で、ふたりは離れ離れにならなくてはならない。
 少しでもその時間を先延ばししたくて、いつものベンチで他愛もない話をする。

「晴くん、試験でつかう魔法の練習、してる?」
「兵団の訓練のときに」
「うまくいきそう?」
「ん」

 どちらも、「暗くなる前に、そろそろ帰ろう」という一言が、言い出せない。
 だが周囲は、どんどん闇色に沈む。
 別れが悲しくて、古都子はつい俯いた。
 それを察した晴臣が、古都子の手をぎゅと握る。

「古都子、卒業したらすぐ、結婚して一緒に暮らそう。そして、同じ家に帰るんだ」
「同じ家……うん、いいね。私……ずっと晴くんと、一緒にいたい」
 
 返事をした声が、湿っぽくなかっただろうか。
 嬉しくて泣きそうなのだと、晴臣にバレたくない。
 
「それまでは、別れた後は夢で会おう」
「夢で?」
「そう願って眠れば、寂しくない」
「分かった……そろそろ、帰ろうか」

 晴臣の提案がロマンティックで、古都子は心が温かくなった。
 白い息を吐きながら、手を繋いで寮までの道を歩く。
 別れ際、冷たくなった唇を合わせた。
 もう大丈夫、晴臣に抱き締められて古都子はそう思った。

 ◇◆◇

 ついに試験の日がやってきた。
 会場は、燃えるもののない、屋外が選ばれた。
 ユリウスによるエッラ対策だと、ソフィアがこっそり教えてくれた。
 
 三年生はみんな、この日のために研鑽を積んだと言っていい。
 魔法との付き合い方、自分の適性の見極め、魔法をつかって何ができるか。
 それらをここで、詳らかにしなくてはならない。
 
 古都子よりも前に、晴臣の順番が回ってくる。
 これまで、闇属性だった晴臣は、己の魔法をひた隠しにしてきた。
 クラスメイトの誰もが、晴臣が影を操る場面を見たことがない。
 そんな中、晴臣は影をつかって、自身との一騎打ちの試合をしてみせた。
 剣の腕前と、魔法のレベル、どちらも証明する見事な内容だった。
 終わったときにはユリウスを始め、審査の先生が総出で拍手を贈った。
 古都子も、一生懸命に手を叩く。

(すごい、すごい! 晴くん、特訓を頑張ったんだ。カッコよかったなあ!)

 何人かの令嬢が、ぽうっと晴臣に見とれていたが、晴臣は古都子にしか微笑まない。
 すでにふたりの間は、確固たる思いで繋がっている。
 横やりの入る隙は無かった。
 
 古都子の順番になる。
 後方に座るミカエルから声援が飛んだ。
 
「コトコ、頑張れ~! ドーンとでっかいのを頼むぞ~!」

 相変わらずミカエルは、派手な魔法が好きなようだ。
 だが、これから古都子が見せるのは、土魔法らしい地味な見かけのものだ。
 古都子は地面に座り込む。
 そして両手を下へ向けて、魔法学園一帯の土と対話を始めた。

(いつかは雲母の道をつくってくれて、ありがとう。とても綺麗だった。今日はその応用でお願いね)

 ざらざらざらざら……

 古都子の周りに、土の山ができていく。
 大きくはなく、子どもが遊ぶ砂山程度だが、それぞれに色と量が違った。
 
「これは一体?」

 審査をする先生たちが、古都子のそばに近寄ってくる。
 そして小さな山々を見て回った。

「どうやら、この実技場の土を、種類別に分けたようですね」

 ユリウスが山と地面を見比べて判断する。

「石英、カリ長石、斜長石、黒雲母、角閃石……に分かれています」

 古都子がひとつずつ、説明した。
 そして、手のひらを開いて見せる。
 山になるほどの量ではないものは、ここに集めた。

「これが、この一帯で見つかった水晶とムーンストーンです」
「ほう、けっこうな量がありますな」

 ユリウス以外の先生が、興味を示した。
 おそらく土を分別しただけでは、有用性を証明できないと思って、一際目を引くものも用意してみたのだ。

「どうでしょうか?」

 古都子が、合否を尋ねる。
 地味な魔法だが、使い方次第では、大きな成果を上げられるはずだ。
 そう信じてこの魔法にしたのだが、理解してもらえるだろうか。

「素晴らしい」

 第一声はユリウスだった。
 水晶ではなく、地味な土の山をまだ見ている。

「本来であれば、掘り出したものをふるいに掛けたり、水に沈めたり、いくつもの工程を経ないと分別は難しい。それをあの一瞬でやってみせるとは、土魔法には未知の可能性を感じるね」
 
 手放しでユリウスが褒めてくれて、古都子は無事に合格となった。
 これで、残す行事は卒業式だけとなる。
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