気弱令息が婚約破棄されていたから結婚してみた。

「とにかく、そういうことだから正式にジェラール様とマリーリリー様の婚約破棄が行われたあとで、ぜひジェラール様がお前にお見合いを、とのことだ。お前に渡したジェラール様からのお手紙は個人的なお前へ感謝だろう。まだお見合いについては日取りも決まっていないのだから、外でベラベラ話さないようにしなさい」
「わかりました!」
「そうねぇ。変に目をつけられても困りますしね。わかりましたわ」

 父がそう言うと、母も社交界で目立ちすぎるのもよくないのだろう。
 まあ、社交界の事情は私にはさっぱりわからないし、母上がそういうのならそうなのだろうな。
 ジェラール様からのお手紙を同僚のみんなに自慢できないのはちょっと寂しけれど、仕方ない。

「では! 私は部屋でジェラール様の手紙を確認してまいります!」
「あ、ああ……あまりはしゃぎすぎるなよ」

 父になんか言われた気がするが、よく聞こえなかった。
 二階の自室に戻り、ペーパーナイフで封を切る。
 はあはあ……ジェラール様からのお手紙には、ジェラール様の匂いが……!
 開封と同時に芳しインクの匂い!
 そのインクの匂いの中にジェラール様の匂いが!!
 無意識に鼻息と吐息が荒くなっていた。

「フォリシア様」
「ヒエ!?」

 急に目の前に涎を垂れ流し、頬を赤くしたオークが!?
 と、慌てて腰の剣の柄に手を当て後ろにジャンプする。
 しかし家の中の自室で剣は持っていないし、ルビが私のテーブルの側で手鏡を持って振り返った。
 その様子に、一気に血の気が引く。
 あ、あのオークは……私!?

「冷静になりましたか?」
「な――なりました」

 それはもう、それはもう……。
 ルビの私の扱いがちょっと上手すぎではなかろうか。

「こちらのお手紙のお返事も兼ねて書き直しですよ」
「あ、あ、う」

 さらに追撃。
 ここまで言われて自分がリビングに行く前になにをしていていたかを思い出す。
 ジェラール様にラブレターを書いていたんだった。

「ル、ルビ、手紙の書き方だけでも教えてくれ!」
「まずは手紙を確認しましょうね。お返事を書く前提で、この話題にはどうお返事するかを考えながら読むとよいと思います」
「ヒ、ヒィィ……!」

 せっかくのジェラール様からのお手紙なのに、そんなことを考えなければ読まないといけないのか。
 嬉しいのに、怖い!
 先ほどとは打って変わったテンションのまましおしおとなりながら手紙を開く。

 ――拝啓 フォリシア・グラディス様
 リリスの花の季節となりました。
 優しい香りに包まれ、朗らかな日差しに目を細めることも増えて参りました今日この頃。
 昨夜のパーティーで私の失態にもあたたかな手を差し出してくださったあなたのことを思い出し、感謝を伝えるべくペンを取りました。
 お恥ずかしい場面を見られてしまいましたが、こんな私に優しく声をかけてくださり、ありがとうございました。
 また、別れ際にフォリシア嬢から婚約のお話をしていただき自宅に帰ってから両親とも話し合い、マリーリリー様との婚約が完全に解消しましたあとに正式にお見合いして、ゆっくりとお互いを知っていけたらと思います。
 手続き上、しばらくはお手紙で交友を深めてゆければと思うのですが、いかがでしょうか?
 それでは、お返事をお待ちしております。
 ――敬具 ジェラール・マティアス

 と、いう内容を読み終えたあと……。

「結婚する!」
「ではまずお返事を書きましょうか」
「ア」

 にっこり微笑んだルビがインクと万年筆をスッと差し出されて血の気が引く。
 しまった、途中からあの可愛らしいジェラール様の小鳥の囀りのような声で脳内音から、お返事を書くということを失念していた!
 そうだ、私はこんなきれいな文字のお手紙に、お返事を書かなければいけないんだ!
 しかも、文通をしましょうという提案。
 もちろん喜んで! と叫びたいが、今の時点で手紙を書くのにあっぷあっぷしているのに文通!

「午後からは騎士団の詰所で来月の巡回ルート会議、第二王子殿下と次期王子妃殿下の結婚式、披露宴の『ホワイトローズ』の警備配置。当日のタイムスケジュールにおける緊急時の対応なども話し合う予定です」
「うううううう」

 そうだった。
 今日は昨日のパーティーの警備で夜が遅くなるからと午前休だった。
 しかも第二王子アースレイ様とその婚約者メアーリュ様の結婚式と披露宴が一か月後に迫っている。
 私が立ち上げた後宮の王族とその関係者を守る近衛女性騎士部隊ホワイトローズ。
 後宮務めなので、このままではジェラール様と結婚してジェラール様の家に嫁ぐことになったら――。

「そうだ。辞めよう」
「はい?」
「私、結婚するからホワイトローズの隊長辞める」
「…………。まずはお手紙のお返事を書きましょうねぇ?」
「ッッッッ!?」

 ルビがにっこりと微笑んで、私の肩を掴むとそのまま椅子に座らせられる。
 目の前に広がる便箋。
 手紙を書く時の参考書が真横にドサドサと重ねられる。
 恐る恐るルビを見上げると、微笑んだまま「現実逃避の妄想と暴走をおやめになって、お手紙を書きましょうね」と。

「さあ、愛しのジェラール様にお返事を」
「ひ、ひいいいいい」
< 3 / 27 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop