冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



「花恋」


首筋に触れている唇から伝う甘い声に思わず身を縮める


初恋なんて聞かされたけれど、心臓を酷使しているのは私ばかりの気がして、つい俯く


赤くなっているはずの顔を隠したい気持ちが大きいだけなのに


お腹でクロスしていたはずの手は、俯いたままの私の顎をクイと掴んでいて


人差し指が熱を与えるみたいに唇の輪郭を撫でた


「花恋」


再度呼ばれた名前に反応する前に
チュッと音を立てて首筋に口付けた柔らかな唇と、触れる髪の擽ったさに身を捩る


引き寄せているのは片手だけのはずなのにビクともしない身体は
トクトクと鼓動だけを強くして


ジワリ滲んだ涙を堪えようとした、刹那


首筋に触れていたハッチの唇が私と重なった






ツ、と流れる涙


角度を変えて幾度も触れる柔らかな唇



掴まれていたはずの顎から手は離れていて


包まれるように抱きしめられていると気付いた時には


深くなる口付けに


身体が熱を帯びていた



身を任せるだけで必死


抗えないほど翻弄されて


溶けてしまうような感覚に陥いる


どこまでも堕ち続ける心の奥は
ハッチへの気持ちを膨らませて


身体全体で息をする私は慣れる前に壊れてしまうのかもしれない


でもそれも、嬉しいんだから重症


あれこれ考えず、ハッチに応えるように右手を背中に回した





やがて・・・

名残惜しむようにチュとリップ音を立てて離れたあと


釣られるように目蓋を開けば、熱っぽい瞳に囚われる


「花恋」


何度目かの甘い声に心がときめいて、返事の代わり、背中に回した手に力をこめた


もう一度名前を呼んでくれるかとの淡い期待は

ハッチの深い緑の瞳が揺らいだことで薄れて消えた


「俺な・・・。凄げぇ醜い」


さっきまでの雰囲気と真逆の言葉に真意を探っているうち


「花恋の視線も声も全部全部一人占めにしたい」


浮かんできたのは束縛という甘美な響きだった


「あのメモな」


「うん」


「女の兄貴が花恋のことを好きになったから
付き合ってあげてと勝手な内容だった」


「・・・え」


「そしたら、女が俺と付き合えるからと」


不安定な気持ちの現れが隙間なく抱きしめられている状況を作っているのならば


自分を醜いとまで表現したハッチに私は何を返せるのだろう


前回の女の人のことも、来飛君は綺麗サッパリ忘れて欲しいと言った


それならば今回のメモのことも
内容を知りたいと思うより、そのことで不安にさせてしまったハッチに寄り添うのが先だ


「私もハッチと同じ」


「ん?」


「ハッチに私だけを見て欲しいって思うし。誰にも触れられたくない」


「・・・花恋」


想いを言葉にするのは難しい
それでも。伝えるために勇気を出したい



「ハッチを好きなのは私だけが良い
私を好きなのもハッチだけが良いの」



心臓が壊れるんじゃないかと心配になるほど早く打ち


その苦しさにギュッと目を閉じた瞬間


その目蓋に柔らかな温もりが落ちた




























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