冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした
ハッチとお出かけ



━━━━━━土曜日



目覚ましより随分早い五時に目が覚めた


二度寝も試みたけれど、ハッチとのお出かけが頭を過ぎるだけで
寝るどころか部屋をうろうろと歩く始末


間宮さんと朝食の支度をする頃には
洗濯物も乾燥まで終わっていた


━━━八時


いつもの週末と同じように念入りに掃除


━━━九時


ベッドの上に並べた洋服と睨めっこ


━━━九時半


お下がりの中に入っていた手のひらサイズのポシェットに
持って行くものを詰め込む




━━━待ち合わせ十五分前


玄関で靴を履いていると間宮さんが通りかかった


「花恋ちゃんお出かけね」


「はい」


「行ってらっしゃい
あ、もしかして夜ご飯要らなくなったら
五時くらいまでに電話くれた大丈夫だからね」


「分かりました。行ってきます」


三年目にして初めての外出を
寮のみんなが喜んでくれた


気を遣わせてしまっていたとは思わなくて
卒業したら社会人になるのだから
これからは積極的に出かけてみようと心に決めた


職員駐車場の脇を通って図書館への道を歩いていると


「よう」


「・・・っ、おはようございます」


駐車場の一番端にハッチが立っていた

青空の下で会うのは初めてで
むず痒い思いに口元が緩む

ハッチはそんな私の頭を撫でながら
「可愛いな」なんて甘く微笑むから


もう一瞬で真っ赤になった


「そういうハッチもカッコいいですよ」


少しは反撃しなければと吐いたのは
ありきたりの褒め言葉で


それに私と同じように顔を真っ赤にして反応してくれただけで

反撃も成功だと思えた


それにしても

Vネックの白いTシャツに黒のジャケットと細身の黒いパンツ

自分の体型を知り尽くしているようなコーディネートに見惚れる

首にかかるシルバーのネックレスは控えめながらおしゃれで

手脚の長さもあるけれど
いつもよりイケメンバージョンアップで眩しい


それに対して服だけは中高生の憧れだというブランドに身を包んだだけの

平均より少し低い身長に普通の顔の私が
ハッチと並んで大丈夫だろうか


躊躇う私の手を引いたハッチは


「車で来てるからな」


有無を言わさず真っ黒な流線型のスポーツカーに押し込んだ


車の中はハッチの匂いが強くて
身体にフィットするシートも妙に馴染むから不思議


「シートベルトは此処」


「・・・っ」


ハッチは運転席から身を乗り出して説明してくれたけれど


「次からは自分で出来るように」


手を貸すことはなかった


・・・次もあるんだろうか


「出発するぞ」


「・・・よろしくお願いします」


「なんだよ、緊張してんのか?」


ハッチはケラケラと笑って私の頭をクシャと撫でるとハンドルを握った


駐車場を抜けて正門まで走ると守衛さんに札を渡して外へ出る


「真っ直ぐ図書館へ行くのでいいか?」


「・・・はい」


初めて乗ったスポーツカーの助手席
周りを流れる景色は初めて見るものばかりで

緊張よりも窓の外に意識を持って行かれた







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