冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



「花恋」


「ん?」


「呼んでみただけ」


「フフ」


とりあえず笑ってみるけど
もうこのやり取りは十回目


前回は入って早々に気持ちを落としたから観察を忘れていたけれど

畳の良い香りのする広い部屋は、窓に障子が入った純和風の造りで
細工の施された柱や欄間も見ていて飽きない


ベッドは低いタイプで大人が三人寝てもまだ余白がありそう

ソファを置いていない代わりに
人をダメにするらしいビーズクッションが二つあり
それに並んで包まれているんだけど


私の右手とハッチの左手は繋がれたままだし、並べたクッションに隙間はない


それなのに延々と名前を呼ぶハッチは
私が応えるたびに頬を緩めるから


憎めないなぁと諦めてしまう


コンコン
「若っ」


そんな中、扉がノックされた


「ちょっと待っててな」


名残惜しそうに手を離したハッチは扉を五センチほど開けた


「あのっ、これ二ノ組から預かりました」


声だけの主は五センチの隙間から筒状の紙を渡すと「失礼しました」と扉を閉めた


「きたきた」


振り返った途端にその紙を振って見せたハッチはまた隣に腰を下ろした


「これな」


巻かれた紙を私の膝の上で開く


「相関図?」


「あぁ」


「白夜会の全容なんですね
一般人の私が見ても大丈夫なものですか?」


「これくらいのことは東の街に住んでりゃ大概知ってる」


知らないことばかりで感心してしまう


「白夜会は三つに分かれてる
総括する一ノ組、情報を司る二ノ組
不測の事態に備える楯の三ノ組」


「ちょっと、待って」


ハッチの説明で相関図をなぞる手が止まった


「ん?」


「二ノ組に向日葵さんの名前があるっ」


「向日葵か」


「東白のお友達です」


向日葵さんとお兄さんの朝陽さん


「お兄さん、既婚者なんですね
・・・と、一ノ組の奏《かな》さん」


矢印で繋がる複雑な線を辿っていくと、ハッチと友達ということが分かった


「お兄さんと同級生なんですね」


「あぁ、母親のお腹に入ったのも
生まれたのも、ほぼ同じの幼馴染だ」


美形兄妹とハッチが繋がったところで
向日葵さんのいつかの言葉が蘇る


『私ね。身内以外友達いないの』


これを見れば“身内”の意味が理解できた


「ハッチはいつかは組長さんになるの?」


確か“若頭”というポジションは次期組長だったはず


「他を考えたこともねぇな」


これで石木さんが私を“若姐さん”と呼んだ理由にも繋がった

なぜあの時に気づかなかったのだろう


此処は白夜会三ノ組筆頭の本家

あの強面の皆さんに名札を付けさせようとしたハッチを思い出して
断って良かったとしみじみ思った


だって、あの時の私が想像したのは小学一年生がつける桜型のカラフルな名札だったから




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