ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする

12.気づき




あの時、

私は初めてわがままを言った。

先生と付き合って数ヶ月が過ぎ、私の二十歳の誕生日 ── 勇気を出して、もう少しだけ一緒にいたいと私からお願いをした。
先生は私を優しく抱いてくれて朝まで愛してくれた。
先生の天然で無造作な髪、男性を感じさせる逞しい腕、そして耳元で囁く甘い言葉──私もそれに応えるかのように……先生を求め続けた。

けれど、その幸せはいつしか後悔に変わってしまう。
もし私があの時……わがままを言っていなければ──

先生と私は今もこれからも、まだ見ぬ未来が繋がっていたのかもしれない……でも、もしそうなっていたら

院瀬見さんと私は出逢うことすらなかった。





パーティー前日 ──


今日は業務終了後に、明日の最終チェックをすることはもちろん、業務開始前の早朝にも少しメニューの調整をしようと桜葉と千沙、潮の三人は早めの出社を約束していた。


「コホッ……」

会社へ向かう為、電車に乗り込んだ桜葉はドアにもたれ掛かり立ちながら窓の外を見つめていた。
流れゆくまだ薄暗い景色をただただボーと眺めているだけ。

(このパーティーが終わったら……潮くんにはちゃんと返事をしなければ。いつまでも曖昧にしていてはダメだ)

桜葉はポケットから取り出したハンカチをジッと見つめ、ふと溜め息を一つ漏らしてしまう。
それは岳から戻ってきた桜葉のハンカチ── 返してもらってから時間も経っているのに、そのハンカチからはまだ微かにオーデコロンの甘い香りが漂ってくる。

(結局……今週は院瀬見さんと逢うことはなかった。同じ会社って言っても自ら逢いにでも行かない限り、なかなか偶然に逢うことなんてできないんだな)

桜葉は今更ながら再認識してしまう。
今まで二人が普通に逢えて会話できていたのは岳が毎日食堂へ来てくれたから、食事会を開いてくれたから……いや、一番は岳が桜葉を気にかけいつも話かけてくれたからだ。

(……食堂の従業員とエリート社員──偶然も何も元々、私達に接点なんてなかったじゃない。
接点を持てたのは院瀬見さんが私に話しかけてくれたから……)

桜葉は岳と逢えないことで、今まで自分から何も行動していなかったことに気付かされ悔いばかりが頭に浮かんできていた。
昔の出来事が尾を引き自分の本音は隠さなければと、どこか男性に対して一線を引いてしまう。

好きという気持ちに気付かないふりをして、あえて考えないことで自分が傷つかないよう壁を作る──報われない呪いをいつの間にか自分に課してしまっていたのかもしれない。

(しばらく恋はいいやって、思っていたのになぁ……)

桜葉は岳の優しさや気遣い、自分に向けられた笑顔を思い出す度に胸がギュッと締め付けられる……逢えないことでやっと気づくだなんて──


(……いつの間に私…院瀬見さんをこんなに好きになってしまってたんだろう────…でも……)





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