ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


ドアの端に佇む岳もまた、気まずそうな雰囲気を醸し出している。

「あー…俺はその、明日の最終打ち合わせの会議が早朝から入っていて。…鳴宮さんも今日はいつもより早いんだね」

(まさか……鳴宮さんと同じ電車に乗り合わせるなんて。あの屋上での自身の(やま)しさもあって…鳴宮さんの顔もまともに見れやしない)

久しぶりに桜葉の姿を見かけて咄嗟的に名を呼んでしまったが、複雑な思いが絡み合っている岳にとって、桜葉の視線にはなかなか目を合わせられずにいた。

「は、い……。私も千沙さんと潮くんとで朝早く、明日の献立メニューの最終打ち合わせをしようということになっていて……コホッ」

「……そっか」

(潮くんも、一緒なのか……)

そんな嫉妬と疚しさを隠すためかクールにやり過ごそうとする岳。
しかしそれとは対象的に先程から、なかなか視線を合わせようとしてくれない岳に少し不安と寂しさ、戸惑いを感じてしまっている桜葉。

(神谷さんは院瀬見さんが考え過ぎてるだけだ、って言ってたけれど…もしかしたら……私とあまり会いたくない他の理由があるんじゃないのかな。今日の院瀬見さん、何だかいつもと様子が違うような気がするし……。
── って、あ〜っ、好きと確信した途端にこの状況はかなり辛いっ)

その会話を最後に二人の間には、お互い違う意味での気まずい雰囲気が流れ始め暫し沈黙が続いてしまっていた。
しかし何とかこの状況を打破しようとした桜葉は、思い切って今の沈黙を壊そうと試みる。

「あ、あの、院瀬見さんっ。先日はハンカチ…ありがとうございました。コホッ…
私、ちょっと寝不足気味であの時うたた寝しちゃってたみたいで……でも、起こしてくれても別に良かったんですが」

「い、いやっ!
気持ち良さそうに眠ってたからなんか起こしちゃ悪いと思ってね。……それより寝不足って、何か…あったの?」

その言葉に対する答えかのように桜葉の表情が少しだけ強ばったのを岳は見逃さなかった。

(あ、これって……もしかして潮くんとは既に朝まで一緒にいる仲となっていて、寝不足になってしまった…とか?
いやいやいや……あーくそっ! 自分から離れるって決めたくせに、落ち込む奴があるか?)

「い、いえ…特に大した事じゃなくて、ただちょっと最近は色々と考えることが多くて」

(い、言えないよ〜! 院瀬見さんと逢えないことをグチグチといつまでも考えて落ち込んでいたなんて)

「で、でも…本当に院瀬見さんと話すのってひさ──」


《《《ガタンッ、キキキッーッ!》


「キャッ…!」




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