ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


桜葉が先生のその行動の意味を把握しようとした瞬間……答えは既に出てしまったのである。

気づくと自分の唇には温かく柔らかでそれでいて優しく触れてきた康太先生の唇が──……桜葉にとって初めてのキスは、頭の中が真っ白になるぐらい何も考えられないものとなっていた。

──が、それなのに心臓だけはこのまま飛び出てしまうのではないかと思うぐらいにドキドキしている。

そのキスは言わば大人のキスとは程遠い、軽く触れる程度のキス── 七歳も離れた大人の先生には少し物足りないぐらいのキスかもしれない。
けれど桜葉にとって大好きな人とのキスは気を失ってしまいそうなぐらい尊いのだ。

しばらくした(のち)、重ねていた先生の唇はゆっくりと桜葉から離れていき、次第にその唇からは懺悔の言葉が紡ぎ出されてくる。


「──……ごめん」

その言葉はどんな意味を持つのか── 桜葉の幸せだった一時が一瞬にしてひっくり返っていくようだった。

(……え、なんで…ごめんって…先生、なに?)

もしかしたら先生も自分と同じ気持ちなのではと期待してしまった。
期待してしまったからこそ先生の困った表情は見たくなかったのだ。
ワガママかもしれないが桜葉はその困った顔をどうしても変えたいという欲が出てきてしまう。

「……好きです、先生」

「鳴宮さん…」

「先生の気持ちを聞かせてくださいっ、先生はどうして……キス、してくれたんですか?」

困った顔を変えたかっただけなのに、康太先生は更に言葉に詰まっているようだった。

(あぁ〜…こんな形で告白するつもりじゃなかったのに……こんな攻めるような聞き方をしたいわけじゃ…)

「──あ……えっと…あの、わ、私もう、ここで降りますねっ。家ももうすぐそこだし──あの、じゃ、じゃあ…」

居た堪れない気持ちになってしまった。
先生の気持ちを聞きたいくせに決定的な一言を放たれてしまうのではないかと怖気づいてしまったのだ。

(ヤバ……泣きそう──)

早くこの場から立ち去らなければ涙が溢れ出てしまうと思った。
桜葉は急いで車のドアノブに手をかけ外へと出ようとする。

──が、その行動は結局叶うことはなかったのである。




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