ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


高木(たかぎ)さん、ありがとう……僕なんかに好意を寄せてくれて」

「そ、そんな…あの、それじゃ」

「そうだね…高木さんはとても魅力的で仕事のできる女性だ。だからこそ僕なんかには勿体ない、君にはもっと高望みをしてほしいんだ。それに応える男性が高木さんにはいるはずだよ。
それに、こんなこと言える立場じゃないけど…これからも僕の右腕として助けてもらえるととても嬉しい」

遠回しに断りながらも優しく褒めて相手を立てる──そんな岳のまやかしにかかった高木の顔は赤くなり呆然としながらも「は、い……喜んで」と夢現(ゆめうつつ)な状態で返事をする。

盗み聞くつもりは毛頭なかったものの、廊下に出るタイミングを完全に逃した桜葉にとって、結果的には二人の話しが否が応でも耳に入ってきてしまった。

(ど、どうしよう、このまま出て行ったら……聞いちゃってたのがバレバレじゃない。
あー…こんなことなら隠れたりしないで堂々と通り過ぎてれば良かった)

そんなことを今更思っても後悔既に遅し。
当然この場を出る勇気もなく、桜葉は二人が去るまで給湯室で待機する選択肢を選んだ。
その後、断られたにも関わらず喜びに溢れた高木はその場を去って行く。

(──それにしても……断り方も紳士的だなんて。院瀬見さんはやっぱり噂通り…昨日の印象通り、優しくて立派な……)

「手作りとか…有り得ない」


(…………んっ?)

一瞬、聞き間違いかと思うほどにポツリと小さく聞こえたその声に桜葉の顔はすぐ反応してしまう。

(やだ、私、変な幻聴でも、聞こえた?)

再度、給湯室の影から岳のいる方へと目を向ける──が、その一瞬桜葉は自分の目を疑った。

高木からもらったお菓子と名刺を、岳は近くにあったゴミ箱へ全て捨ててしまおうとしているのだ。
それも、名刺はビリビリと原型がわからなくなるまで破っている。

(え、嘘、まさかゴミ箱に?!ちょ、ちょっと、まっ──)

「待って! 院瀬見さんっ!」

── あ……しまった、という言葉が浮かんだのは給湯室をうっかり出てしまってから二秒ほど経った後。

手を前に出したまま制止するようなポーズで固まった桜葉を岳は眉間に皺を寄せながら睨んでいる。

「君は昨日の……確か鳴宮さんだった、よね?──立ち聞きとはあまり感心しないな」

そう話す岳の様子は昨日、桜葉が接した態度とは全くの別人。
笑顔もなくムスッとした今の岳に王子と呼ばれる要素は何一つ見当たらない。



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