ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





──アカデミアホテル


ハスミ不動産が所有するホテルのうちの一つ。
ハスミが主催するパーティーは必ずと言っていいほどこのホテルを使用することが多い。
そして二十年前、岳の母親が京一郎の手に落ち父親が逮捕された場所でもある。
あの “ル・ミラヴール” とは違いこのホテルの様子は当時とさほど変わってはいない。

アカデミアホテルがハスミの恒例パーティー会場だと初めて聞かされた時は、腸煮えくり返るほどの怒りが込み上げてきた。
──が、このようなパーティーを催される度に何度もここへ足を運んでいると、今となってはその感情も少し薄まってきているのかもしれない。

感情というものは時間の経過や出逢う人によって様々な形に変化し、尖っていたものがいつの間にか柔らかな丸いものになっていく──
岳にとってそれが桜葉だったのだ。



完成披露パーティーの開始時刻は十八時ちょうど。

その一時間前には既に会場入りしていた岳の格好はいつものビジネススーツとはまた違い、黒色に近いネイビー系のやや光沢あるフォーマルスーツを身に纏っていた。
同系色のネクタイとシャツを合わせ、いつにも増してスタイリッシュなシルエットにまとめ上げてきている。
髪型も前髪を上げオールバックにし、細身で背の高い岳には良く映えるコーディネート。

しかし、そんな華やかな装いとは別に岳の心中は穏やかなものではなかった。
今朝、岳が目覚めるとベッドで寝ていたはずの桜葉がいつの間にかいなくなっており、ただ一つ書置きがテーブルに置いてあっただけ。

“ 昨夜は看病してくださりありがとうございます。
おかげで良く眠ることができ熱も下がり体調も良くなりました……なので今日のパーティーはやはり自分も出なければなと思いました。
わがまま言ってすみません… ”

(いやっ…これってどういう意味だ?
昨日、桜葉さんに今までのことを全て打ち明けたけど、これって……どっちなんだろう。彼女は俺に失望してこっそり家を出て行ったのではないだろうか? それとも本当にただパーティーへ行く為の準備だけ…? 桜葉さんの今の気持ちって一体──)

パーティーの開始時間は十八時だが、桜葉達は余興の準備の為いつもと同じ出社時間に会社へ行かなければならなかった。
だから早朝、一旦自分の家へ戻り着替えをし支度してから会社へ行かなければならなかったのだ。
しかし、当日の桜葉達の細かい行動まで把握していなかった岳にとって急に桜葉がいなくなったということは不安材料でしかなかったのである。



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