ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


「トメさんと初めて会って介抱した時に……子供の頃に見た写真の母と同じ女性の写真が仏壇に飾られていたので。
…で、でもっ、あの時はチラッと見ただけだしはっきりとは確信が持てなかったんです。それに…トメさんが他人のふりをするのは何か理由があるんじゃないかって、私も知らないふりをしたほうがいいんじゃないのかと──でも、昨晩、院瀬見さんから今までのこと全て聞いて、もちろんトメさんのことも……」

まさか桜葉と出逢った当初から感づかれていたとは思いもしなかったトメ。
自分の詰めの甘さにフッと溜め息を床に落としてしまう。

「── 二十二年前、君のお父さん……勝治(かつじ)くんには娘の写真は全て焼却したと聞いていたんだが、まさかさよちゃんが母親のことを知っているとは思わなかったよ…」

知っていると言っても、桜葉の知っていることなんて写真で見た母の顔ぐらいだ。

父と母との馴れ初めや、どうして別れてしまったのか、母は一体どこにいるのか──あまつさえ、母の名前も知らない。
だから今、その全てを知っているかもしれないトメには聞きたいことが山ほどあるのだ。

「……トメさん。母の名前って、聞いてもいいですか?」

「あぁ今更、隠し事はせん。
さよちゃんの母の名は一ノ瀬、香也子(かやこ)……二十三年前に勝治くんと駆け落ちしてさよちゃんが生まれたんだ」

(お父さんとお母さんが…駆け落ち? じゃあ、トメさんは二人の仲を反対していたって、こと…)

「まぁとりあえずは一旦座らないかい、今お茶を出すからね。それにさよちゃんも今日はあまり時間ないのだろう……だから両親の話しは帰ってから全て話すよ。
── それよりもさよちゃん、他に何か言いたそうな顔をしているが、何かあるのかい?」

そう聞きながらもトメは台所でお湯を沸かしお茶の準備を早々に始めていく。
確かに今日トメを訪ねたのは、もしかしたら彼が自分の祖父なのではないかという確認──それともう一つ、大事なことをお願いしにきたのである。

「不躾で身勝手なことだとは承知しているつもりです。それにトメさんがお祖父さんとわかったばかりでこんなことを言うのは情けないことだと……。
でもっ、トメさん…に、一ノ瀬グループの会長にどうしても聞いてほしいお願いがあるんですっ」



< 173 / 178 >

この作品をシェア

pagetop