ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする

3.気づきたくない恋心 *岳*






── 好き、恋い焦がれる……などという感情が、俺にはいまいちわからない。


(別にわかろうともわからなくとも関係ないと思っていた。
どちらにしても自分の人生、行き着く先はそんな感情など全く必要のないものになるのだから。
なのにどうして──こんなにも彼女のことが気になる?)


「……ちょ、う、……い、部長?──院瀬見部長ぉっ!」

パソコンをジッと……いや、ボーと眺めながら桜葉のことを考えていた岳。
その甘ったるい声で自分の名前が呼ばれたことに気づくと一気に現実の世界へと引き戻されてしまった。
慌てて見上げた先には一人の女性社員が書類を持ちながら岳を見つめていた。

「あ、あぁ…松本さんか。どうしました、何か用でも?」

「はいっ、あの、こちらの書類に部長の判を押してもらいたい箇所があったのですが……それよりも部長、どこかお加減でも悪いのでは? あの、私……今日、社用車で帰る予定なのでもし良ければ家までお送りしますよ。
あ、ご迷惑でなかったら夕飯でも作って……」

顔を赤らめモジモジしながらも何気に岳の家へ潜り込もうとする女性社員。
きっと一夜の過ちでも狙って、そこから彼女の座に収まろうと画策しているのかもしれない。
そんな肉食気味の部下を前にしても、岳はやんわりと笑顔でかわしてみせる。

「気遣いありがとう。でも残念ながら今日は先約があってね、もう上がらないといけないんだ」

「……そう、なんですね。わかりました、ではまた月曜日に」

「あぁ、この書類には判を押しておくよ」

少し残念そうな表情を浮かべ渋々とその場を後にする部下、それを横目に送り出した岳は、視線を自分の腕時計へと移した。

── 十七時五十五分

(少し早いが──)

早る気持ちを内に隠しておきながら急いで後片付けを終えた岳は「お先に」と、定時で部署を出ていったのだ。
そんな岳の後ろ姿を社員達は驚きに満ちた視線で見送っている。
その驚く理由はたった一つ──定時で岳が帰ることなど今までほとんどなかったからだ。

それもあまり見せたことのない岳の焦る仕草、浮足立つような後ろ姿──どうやら早る気持ちを隠したつもりが、ランチ以降、無意識に普段と違う行動を取っていたらしい。
結局は周囲にバレバレだったようだ。




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