ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


「いえいえ、本当にそんなんじゃないですっ。院瀬見さんとはただ世間話をしているだけで」

(……そう…結局、ストーカー事件から院瀬見さん、また毎日食堂へ来ているし……さすがに指名はなくなったけど代わりに何かと話しかけてくるようになったし── だから……正直、女性達の視線もまた日に日に強くなってきてるんだよね。
でも助けてもらった手前…私も強く言えないからなぁ…)

嫌な視線はなくなったけれども他の状況は何一つ変わっていないことに、桜葉は小さな溜め息を漏らす。

(──けれど……それとは別に院瀬見さんとの会話が楽しいなって……何気に思っている自分も、いたりするんだよね)


「え〜、世間話ってどんなことさ?」

情報屋の精神が疼いたのか、千沙は興味津々に院瀬見王子の素顔を探ろうとしてくる。

「んー、そうですねぇ。……今日はこのおかずが美味しかったとか、新しいメニューのリクエストとか…あ、あと隣に住むおじいさんや飼ってる猫の話し、とか?」

「── あー…はいはい。
やっぱ、さよちゃん達の間に何かあるわけなかったわぁー。少しでも疑った私がバカみたい」

桜葉達のどうってこともない会話に情報収集する気も失せたのか、千沙は途中で匙を投げ出してしまった。


「──だから言ったじゃないっすか、水口先輩。
桜葉さんがあんなエセ王子に落ちることなんてないんっすよ」

ドアが開いたのと同時に突如として桜葉達の会話に割り込んできた一人の男性。
その男性は、千沙の勘繰りを即座に否定すると共に軽い溜め息までをも一緒に吐いてきたのだった。

(うしお)~!
あんたいくらさよちゃん押しだからって横から口挟まないでよねっ!」

潮と呼ばれた男性がコック帽を取ると、サラサラとした金髪が窓から差す太陽光に反射してより一層眩しく目に映った。

彼は桜葉と同時期にこの社員食堂へ入ってきた潮 祐介(うしお ゆうすけ)、二十一歳。

金髪という装いに眼光が鋭いからか一見不良のような人物にも見えるが、実際は真面目でなんにでも一生懸命に取り組む好青年なのである。

また入った当初から桜葉に惚れ込み何度かアプローチめいたことを伝えているのだが、潮を同期の(くく)りとしてしか見ていない桜葉にとったら、その言葉は同期間のジョークでしか思われていないのだ。



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