ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





ハスミ不動産本社ビルの最上階には主に社長・専務・常務の執務室がある。
下の階と違って全体的にゆとりのある構造となっており、また人通りも少なく独特な空気感を醸し出していた。

(……ここ最近、役員室のある階へ近づくと毎回、昔の記憶が鮮明に蘇ってくる。その度に己の野心と復讐心が色濃くなっていくのはいいこと……なんだろうけど)


──コンコンッ

「社長。院瀬見部長がいらっしゃいました」

「ああ、入りなさい」

「失礼致します」

中へと通された岳はポーカーフェイスの表情をそのままに、社長秘書は一礼をしドアを閉め秘書室へと戻っていく。

「遅くなり申し訳ありません」

軽くお辞儀をし顔を上げる。
岳の目の前にいるのは、このハスミ不動産の社長である蓮見 京一郎(はすみ きょういちろう)
細身の体で高級なスーツを身に纏い、白髪混じりの髪はオールバックで綺麗に整えてある。
銀縁メガネをかけたその装いは一見、ダンディーなおじ様のように見受けられた。

その蓮見社長は大きな窓の前に立ち、手を後ろに組みながら外の景色を見渡している。
晴れている日なら絶景が見えるのだが、この日はあいにくの雨で折角の景色もボヤけて見えてしまう。

「おお来たか、院瀬見くん。まぁ、座りなさい」

蓮見社長に促されるまま黒革張りのソファーへと腰を下ろす岳。
すると、ガラステーブルの上に置いてあるA四サイズほどの封筒が岳の視界に入った。

「ああ…それは娘の、薫子(かおるこ)の釣書だ。まだ渡していなかったと思ってね」

岳はその封筒を手に取り「ありがとうございます。(のち)に確認致します」と一礼する。

(……特に中身なんて興味はないが)




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