ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする

8.過去の記憶<前編>




“ル・ミラヴール”


恐らく、この関東地区内で最も予約が取りにくいフランス料理店だと言っても過言ではないだろう。

予約が二年先になることなんて当たり前、記念日や祝い事、結婚式の二次会そしてプロポーズの瞬間等々、様々なシーンに対応できる高級料理店としても有名だ。

それに料理はもとより、様々なシーンを更に盛り上げてくれるのがなんと言ってもこの店の外観と雰囲気だ。

都会に位置しているものの海沿いに建てられたこの “ル・ミラヴール” は、どの席からも海が眺望できるようレイアウトされている。
そして夜になるとお洒落なライトアップやピアノ演奏などが催され、より一層の演出に力を入れている。

広くとも狭くともない程よい大きさの建物は白壁で統一されており、その佇まいは北欧の洋館をモチーフに建てられているのだ。
またその洋館を取り囲むように、一見ミスマッチとも思える竹林が周りに多く植えられている。
洋と和が融合した “ル・ミラヴール” は、訪れた客人を都会からかけ離れた異世界へと(いざな)ってくれるのだ。


──そう、この場所は……二十年前までは岳の父の店だった。


「おつりは結構です」

財布から五千円札を取り出しそのままタクシーの運転手へと手渡した岳は、車から降りるとその場に暫し立ち尽くしていた。

目の前には “ル・ミラヴール” の玄関が待ち構えている。
年季の入った重厚な玄関扉──その両脇二メートル離れた所からは立派な竹林が青々しく聳え立つ。

(ここへ来たのは……店を失くして以来ぶりか)

二十年前──岳がちょうど七歳の時、この竹林はまだ植えられていなかった。
その頃はこの玄関先からでも建物の先の景色── 海の全貌が見えるほどの解放感があったはず。
二十年もの歳月は人ばかりか建物の風貌さえも無情に変えていってしまう。

(けれど……ずっと避けていたこの場所にこんな形で戻ってくることになるとは、な)

そんなことを考えながらゆっくりと目を瞑った岳は小さな溜め息を一つ吐く。
このレストランを見合い場所に選んだ社長のおかげかそれとも不運なことなのか、一度は諦めかけようとした復讐心が再び岳の中に甦ってきてしまったのだ。

(…そう言えば昨日、神谷にも呆れられてたな)





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