ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





考えが甘かった。


契約を一方的に切られ、新しい取引先を探し始めて既に三週間──精肉店も野菜農家も飲料企業も世の中には数多く存在する。
だから父と母も新しい取引先はすぐに見つかると思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば今だに取り合ってくれる取引先が一つも見つからない。
正直言って八方塞がり……父はかなり憔悴しきっていた。


「──じゃあ、あなた。私、岳の迎えに行ってくるわね」

そう伝えた母はエプロンを外す代わりに薄手のコートを羽織ると、その最中で父をチラチラと見つめてくる。
しかし父は母の言葉には返事もせず、リビングのソファで寝転びながらボーと天井を見上げているだけ。

父はここ最近、このような腑抜けた状態が続いている。
母との会話も前に比べ少なくなってしまった。
今日もまた変わらずの態度か──と、母は諦めの混じった溜め息を一つ落とすとそのまま家を出ようとした、がその時だった。
ムクリとだるそうな体を起こしてきた父がポツリと一言、小声で呟いてきたのである。

「詩乃……岳の空手教室も、辞めなきゃいけない、な」

「あなた…」

夫を慰めたいのに気の利いた言葉が何一つ出て来ない。
確かにこのまま店を開けられず休業状態が続くと借金ばかりが膨らんでいく。
今は貯金を切り崩して質素ながらも何とか暮らしてはいけているが、それもいつまで続けられるかわからない。
そうなると何かを切り詰めないといけなくなる── 父が岳少年の習い事を辞めさせようと言い出したのにも道理が合う。

しかしそれでも母は夫の言葉に賛同することが出来なかった。
たった一人の息子は空手が好きで、週二回の練習に励み取り組んでいる。
それに、今度初めて参加する試合に岳少年は激しく熱を帯び頑張っているのだ。

「あなたの言うことはもちろんわかります……でも、何とか岳の習い事だけでも続けさせられないかしら?」

親なら誰しも子供の為に何かを残してやりたいと思うのは当然のこと、きっとそれは父も同じなのだろう。
けれど、母のその一言は父の苛立ちを更に倍増させるだけであった。

「俺だって続けさせたいのは同じだっ!
でも仕方ないだろう!? 店を続けるためには少しでも切り詰めないと一家全員が野垂れ死ぬことになるんだぞっ」

「それならっ──
……お店はもう、畳みませんか? また一から三人で頑張れば」

「……あぁ、何だそうか…そういうことか」




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