じれ恋




「紺炉さん、お嬢ってやっぱ彼氏できたんですか?」


図書館に勉強しに行くと言うお嬢を送り出してから諸々の雑用をしていた時のこと。


相模さんと一緒に親父に付くことが多い若手のやつが話を振ってきた。


〝やっぱ〟とはどういう意味なのか。


そんな情報俺のところには 1ミリたりとも入っていない。


「それ、詳しく!」


俺が詰め寄ったせいで、軽い気持ちで聞いたつもりのそいつは苦笑いしていた。


「最近なんか朝とか鏡の前に立つ時間が長いんですよ。髪の毛とか結ぶこと多くなったし。今日もほら、図書館に勉強しに行く〜って出かけてったけど、そのわりには随分オシャレしてませんでした?極め付けは、あれです!近頃スマホ見ながらニヤニヤしてること多いんですよ!あれは絶対男と連絡取ってる気がします」

 
言われてみればそんな気もする。


俺はこの間お嬢が言っていた意味深なひと言を思い出した。


『別にいいよ言わなくて!私も紺炉に話してないことあるし。お互い様!ね?』


俺に話してないことって、つまりそういうことなんだろうか。


この悶々とした気持ちはお嬢を迎えに行った時にそれとなく聞いてみることにした。


しかし、18:00近くなってもお嬢から連絡はなかった。


夕方には帰ると言ったくせに。


17:00を知らせる街のチャイムもとっくに鳴っている。


もう図書館の方へ向かおうかと思っていたところで俺のスマホからピロンと音がした。


しかしメッセージは遠藤からだった。


スケジュールの話らしいが、今はそれどころではなかった。


何時に迎えに行けばいいかと送ったメッセージも既読になっていない。


じっとしていられなくなった俺は直接図書館方まで行くことにした。


入り口まで来たことを知らせると、ちょうどお嬢が見たことのない男子と一緒に出てきた。


「あ、紺炉〜!」


俺のことが目に入るなり呑気に手を振ってきた。


「紹介するね!こっちはうちの紺炉。一緒に住んでる親戚の叔父さんみたいな感じ!そしてこちらは伊藤くん。この前行った予備校の体験授業で仲良くなったの!」


親戚の叔父さんという紹介に若干イラッとしながら、ここは大人としての落ち着きを見せた。


「いつもうちの愛華がお世話になってます」


「はじめまして、伊藤拓也(いとうたくや)です。遅くなってしまってすみません」


丁寧に頭を下げたイトウクンは、見るからに聡明で育ちが良さそうな子だった。


彼を図書館の最寄り駅まで見送り、俺とお嬢は家路についた。


「……世話係として一応聞いておきますけど、イトウクンとは付き合ってるんですか?」


別に俺は気になっているわけじゃない。これはあくまで〝世話係〟として知っておく必要があると思ったから聞いただけだ、そう。


「そんなんじゃないから!!一緒に勉強したりしてるだけッ!!伊藤君も予備校に通うかどうか迷ってるから話が合うの」


こうもムキになって否定されると、逆に何かあるのではないかと勘繰ってしまう。

  
『ねぇ愛華ちゃん。俺勉強するよりももっと楽しいことしたいんだ……』


『やだ伊藤君のエッチ……!』


———そして2人の唇が近づいて・・・!?



勝手な妄想に俺は発狂しそうになった。 
 

「お嬢。避妊は絶対してくださいね?」


お嬢に向き合って肩に手を置き、ついそんなことを口走ってしまう。


多分さっきの彼とはそういう関係じゃないことは分かっているし、仮にそうなったとしても2人ならそこらへんの心配がいらないのも分かっているのに。


「サイッテー!!自分こそちゃんとしなさいよね!」


それだけ吐き捨てるように言い残して、お嬢はスタスタと行ってしまった。


さっきお嬢とイトウクンが話すのを見てハッキリと分かってしまった。


お嬢が本当に好きなのはああいうタイプの男なんだろうと。


彼女の周りには常に俺たちみたいな男しかいなかったからそれしか知らなかっただけ。


これでいい。


むしろ良かったじゃないか。


彼女が自分で相応しい相手を見つけられたなら、もう俺が自分からお嬢を遠ざける必要がなくなる。


俺はスマホを取り出し、先ほど届いていた遠藤からの誘いに返事をした。


〝自分こそ避妊(ちゃんと)しなさい〟なんて言われてしまったが、遠藤と俺がそういう仲だと勘違いしているんだろう。


いずれにせよ俺にとってはその方が都合がいいはずなのに、どうしようもなく心が苦しかった——。
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