じれ恋



おじいちゃんに渡されたメモには住所と誰かの携帯番号しか書かれていなかった。


建物の前に着いたらこの番号に電話をすれはいいらしい。


1コールで明るい女性が出てくれた。


『もしもーし!』


「あ、あの今日アルバイトの面接の約束をしていた五十嵐愛華ですが、今建物の前に着きました」


「あー愛華ちゃんね!今行きまーす!」


現れた女性を見て私は思わず「あ!」と声が出てしまった。


なぜなら、私を迎えに来てくれた女性は、前に紺炉とホテルの部屋にいた、正確にはベッドにいたあの人だったから。


「初めまして〜!じゃないね(笑)まずはあの時は酷いことしちゃってごめんなさい。紺炉(あのバカ)に頼まれてついつい手伝っちゃった。反省してます」


結局あの時ホテルのベッドにいたのは全て紺炉に頼まれたからで、何もかも演技だったらしい。


彼女は紺炉とそういう関係になったことは一度もないと断言していた。


不思議と彼女の言ってることは信じることができた。


「それにしても、あんなに小さかった女の子がよくもまあアイツのそばでこんな素敵なレディになるなんて……」


「昔も私たち会ったことあるんですか?」


「あるわよ〜!紺炉に聞いたら写真とかも残ってるはずよ!」


東雲さんといい彼女といい、最近は顔見知りだったと発覚することが多い。


「それじゃあ改めまして、上野鈴香(うえのすずか)です!でもお店ではClub ARIA(クラブ アリア)美鈴(みすず)ママで通ってるからよろしくね」


私は差し出された手をそーっと握った。


少し近づいただけですごくいい匂いがする。


ちょっと待って、今クラブって言った?


お店?


何の話?


「・・・クラブ!?え、私無理です!何かの間違いですよねっ……!?」


「間違いじゃないわよ!ここが愛華ちゃんのバイトデビューを飾らせてもらうClub ARIA。大丈夫、愛華ちゃんにお願いするのは裏方の仕事。食器洗いとかそんなん!」


おじいちゃんが今回のバイトのことを紺炉には黙ってようと言った理由が今分かった。


いくら裏方業務とはいえ、こんなの紺炉が知ったら間違いなく反対される。


こんな小娘にクラブの仕事を紹介してくるおじいちゃんもおじいちゃんだ。


「国光さんから聞いたよー!お金が必要なんでしょ?どこかの世話係にプレゼントかしら?」


ニコニコしながらママが聞いてきた。


バレている……。


ママには何でもお見通しだった。


女同士のヒミツだと言ってくれたけど、そういえば紺炉は仕事で定期的にこのお店に来てるんじゃ……?


もし紺炉に見られれば、きっと説教どころでは済まされない。


一体おじいちゃんはどうするつもりなんだろう?


どうやら私の初バイトは、おじいちゃんの悪戯でとんでもない展開になりそうだ——。
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