じれ恋
親子3人。


どこにでもいる、ごく普通の家庭に俺は生まれた。


幸せに暮らしていたと思う。


少なくとも、母親が病死するまでは。


母親は癌だった。


しかし、分かった時にはもう全身に転移していて、治療の選択肢はなかったらしい。


緩和ケアというのをしながら精一杯余生を過ごし、俺が中学に上がる前に、呆気なく逝ってしまった。


それから父親はみるみる憔悴(しょうすい)していく。


そして人が変わったように酒に溺れた日々を送っていた。


そんな保護者のもとで、子供が真っ当に育つはずもなく。


中学に入って間もなく俺は、ガラの悪い友達や先輩と絡むようになり、わかりやすくグレていった。


さすがに(ヤク)はやってないが、酒・タバコは日常だったし、真夜中のバイクに喧嘩。


不良らしいことはひと通り経験した。


そこらで止まっておけばまだ良かったが、後に俺は極道に目をつけられ、命すら危うい事態になる。


その時に助けてくれたのが光矢さん、つまりお嬢の親父さんだ。


そして今の親父、要するにお嬢のじいさんがこの家に俺の居場所を作ってくれた。


ちょうどその頃、姐さんのお腹にはお嬢がいて、まもなく出産の時期だった。


2人は早くに結婚したが、なかなか子供が出来なかったらしい。


不妊治療を経ての待望の妊娠だと聞いた。


お嬢が生まれてから親父と病院へ面会に行った。


姐さんに「抱いてあげて」と言われたが、俺なんかが触れたら傷つけてしまいそうで、コットに寝かされたお嬢の手を人差し指で突くに留めた。


すると、お嬢が俺の差し出した指をギュッと握った。


あれは把握反射と言って、新生児の生理的な反射だから何も特別なものではないらしいが、俺にとっては初めて触れた生命(いのち)だった。


あの感触は一生忘れないと思う。


いつかこの赤ん坊も、誰かと恋に落ちて、こうやって生命を繋いでいく。


それまでは、死んでも俺が守るとその時強く決心した。


しかし、運命は何とも残酷で、幸せな時間はそう長くは続かなかった。


お嬢が物心つくかつかないかの頃、お嬢の両親は交通事故で逝ってしまった。

 
〝死〟の意味なんてまだわからなかったであろうお嬢も、ただならぬ空気は感じ取っていただろう。


「パパ、ママ」と毎日泣いていた。そんなお嬢をあやしながら、俺がこの子の父親にも母親にも、兄にも姉にも、友達にだってなってやると、改めてそう強く誓った。
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