モノクロの僕と、色づく夏休み

第14話「自転車に乗って」

「遅い! あんたは貴族のお坊ちゃんか!」
「遅いって……十分も掛かってないだろ⁉︎ ……っていうか、その自転車どうしたんだよ⁉︎」

 アキラは横に自転車を携えて、待っていた。
 手に持っていた小さなスプレー缶を振りながら、オレに近づいて来る。

「腕、出して」
「へ?」

 オレが間抜けな声を上げている間に、スプレー缶の中身をオレの腕に吹きかけた。

「な⁉︎」
「虫よけ。まあ気休めだけどね」

 そのまま屈んで、両足にも吹きかける。
 スプレー缶をウエストポーチにしまうと、アキラは自転車に跨った。

「乗って」
「乗ってって……もしかして、自転車の荷台に?」
「他にどこがあんの? さっさとして」
「ちょっと待てよ、お前が運転するのか⁉︎ それにこんな夜中に、どこへ行く気なんだよ!」
「私が運転する。行き先は道々説明するよ、さあ早く乗って!」
「いきなり起こしといて、こんな夜中に自転車に乗れだ⁉︎ ふざけんなよ!」

 アキラは眉間に皺を寄せた。

「ごちゃごちゃ細かいこと、うるさいわね! 乗らないなら、力ずくで乗せるわよ!!」

 アキラの迫力に、オレはたじろいだ。
 昔もかなり気が強かったが、強引さが増した気がする。

 ここで取っ組み合ったら……体格的に言って、情けないけど負けるかも。

 それに……この必死さは……知ってる。
 あの日知りたかった答えが、分かるかもしれない。

 オレはしばらく考えたが、意を決して答えた。

「……分かった、行くよ。でもオレが運転する」

 女に運転させて、後ろに乗るなんて……男のプライドが許さん!
 たとえしばかれても、これだけは絶対譲れん!

「は? あんたが運転?」
「行き先さえ分かれば……だいたい、オレのほうが土地勘はあるんだ」
「別に土地勘なんていらないよ、一本道だし。そんなことより、大丈夫なの皓平? 結構距離あるよ?」
「行き先は?」
「とりあえず、駅まで」

 オレは耳を疑った。

「は? 駅⁉︎ お前、駅まで何キロあると思ってるんだ⁉︎」
「やっぱり、運転やめとく?」

 アキラは不敵にニヤリと微笑んだ。

 むかっ! こいつ!

「お前こそ、オレを乗せて駅まで行く気だったのか⁉︎」
「超余裕。凡人とは、精神も体の鍛え方も違いますから!」

 アキラは嫌味なくらい、ニッコリ微笑んだ。
 このやろー! 絶対、オレが運転しきってやる!

「いいから、お前が後ろに乗れ!」

 アキラはやれやれと頭を振ると、自転車から降り、オレに自転車を譲って来た。
 オレが自転車に跨ると、アキラは荷台に乗り、オレの腰に手を回して来た。

「うわっ!」
「何よ?」
「……な、何でもない、行くぞ!」
「大丈夫かなー? ホント……」

 もうこれ以上アキラのことで、オロオロしたくなかった。

 本当は腰に回されたアキラの腕の体温が、気になってしかたなかったが、オレはその気持ちを振り切るように、ぺダルを漕ぎ出した。
 

つづく
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