草野先生はおとなしくて真面目な草食系……だと思っていた頃が私にもありました~溺愛する相手、間違っていませんか!?~
第2話
〇苺ノ花学園高等部3年A組の教室(四時間目)
眼鏡をかけ前髪をおろし、真面目な印象で背の高い男性教師(草野敬多)が授業をしている。
今までと違って、羽咲は聞き逃さないように授業を聞いている。
羽咲(あ、ここ。先週うちで先生が授業の準備してたとこだ)
羽咲が寝ているベッドの隣で床に座って、授業の準備のために板書用のノートを作成していた敬多の後ろ姿を思い出す羽咲。
——私、弐句色 羽咲(にくしき うさき)は高校教師の父と専業主婦の母がいる、ごくごく普通の女子高生……だった。
でも交通事故で両親が亡くなり、私は突然ひとりぼっちに。
そんな私に「全力で守るから心配すんな」と言ってくれた大人の色気たっぷりのイケメン(切れ長の目でオールバックの敬多の描写)が
女生徒から陰で「絶対に草食系、彼女とかいなそー」「彼女いても尻に敷かれるタイプ」と言われている担任の草野先生(黒板の前に立つ真面目バージョンの敬多に矢印)で。
今は私の家の隣に住んでいる。
授業時間が終了したことに気付く敬多。
敬多「今日はここまで。日直はこの資料を昼休みに社会科準備室へ片付けておいてください」
敬多は教壇の机に置かれたクラスの人数分の資料集を指で示す。
羽咲(ぁ、日直……私だ)
羽咲の方へ長い髪を横の高い位置で結んだ明るく元気な印象のクラスメイト鳥井香羅(とりいから)が近付いてくる。
香羅「あちゃー、こんな日に日直なんて災難だねぇ。羽咲、持ってくの手伝うよ」
羽咲「ありがと。でも、いいや。早く購買行かないと売れきれちゃうよ、香羅」
そっかー、と納得したような表情になる香羅。
香羅「そんじゃ購買で羽咲の分もなんか買っとこーか?」
羽咲「んー、食欲ないからいいや」
香羅「今日も? 昨日も一昨日も食べてないし、まだ体調悪いのかな? 先週ずっと休んでたもんねー」
羽咲「そうかもー」
おどけた感じの笑みを浮かべる羽咲。
プライバシーの関係もあるらしく、私の欠席理由は特に公表されていない。
だからクラスのみんなは体調不良で休んだと思ってる。
両親が亡くなった事、友達だけど香羅にも話していない。
私のせいで暗い気分にさせたくないし。
かなりの量の資料集を持っている羽咲が廊下へ出ると、クラスメイトで生徒会長の真面目な見た目な井貫波和(いぬきなみかず)が声をかけてきた。
井貫「大丈夫、持つよ?」
弐句色「ありがとー井貫くん。でも大丈夫」
笑顔の羽咲を心配そうに見送る井貫。
羽咲「よっと……」
なんとか羽咲が社会科準備室の扉を開けると、部屋の中にある教師用の机の所で敬多が座っていた。
羽咲「やだ草野せんせー、いるなら自分で持ってってよ」
敬多「ありがとな、ここに置いてくれ」
敬多は自分の机のすぐ隣にある作業台を指で示す。
羽咲が資料集を作業台へ置く。
敬多の机の上には、ゼリーとヨーグルトが三種類ずつとバナナが並べてあった。
羽咲「草野先生、なんで並べてんの?」
敬多「どれなら食べられそうか、聞こうと思って」
羽咲「ぇ、もしかして私のために?」
敬多「週明けに学校来てから昼いつも食べてねぇだろ」
羽咲が目を見開いて敬多の方を見る。
真面目バージョンの見た目の敬多だが、口調は元ヤン風。
羽咲「気付いてたの?」
敬多「俺の目はごまかせねぇぞ、ここ座れ」
敬多のすぐ隣にある丸椅子を指で示されたので、羽咲はおとなしくそこへ座る。
敬多「どれならいける? 桃のヨーグルトは家でも食べてたよな、いけそうか?」
羽咲(よく見てるな……)
羽咲「じゃ、それで……。んーでも、やっぱりいいや」
羽咲(正直あんま食欲ない)
敬多「ひと口でいいから食べてけ。ほらアーンしろ」
敬多はスプーンでヨーグルトをすくうと羽咲の方へ差し出してきた。
初めて男性からアーンとされて、羽咲の頬が赤くなる。
羽咲「い、いらないったら」
敬多「ひと口だけだ」
敬多がさらにスプーンを差し出したタイミングで羽咲がプイッと横を向いたため、羽咲の頬にヨーグルトがペチョ、とついてしまう。
敬多「ぁーぁー、何やってんだよ」
羽咲「ぃ、今のは草野先生が悪い……」
羽咲の頬からヨーグルトを指で拭うと、敬多はその指を、レロ、と舐めた。
真面目バージョンの見た目なのに、その色気のある表情に羽咲の胸がドキッと跳ねる。
敬多「やり直しだな、口あけろ」
再び敬多にスプーンを差し出された羽咲、顔を真っ赤にしながら今度は素直にパクリと食べる。
羽咲(な、なんで私こんなにドキドキしてんだろ)
敬多「偉いぞ、もうひと口いけそうか?」
口調は荒いのに優しい笑みを向けながら頭を撫でてくる敬多の姿に、羽咲の胸がキュンと音を立てた。
羽咲「は、はい……」
再度スプーンを差し出され、真っ赤な顔で羽咲は口を開ける。
大人の色気たっぷりの表情で、敬多は満足そうに微笑んだ。
敬多「食欲ねぇなら夜はうどんにすっか。六時半ごろ行くから家にいろよ」
羽咲(どうしようドキドキが止まらないよぉ)
羽咲はギュッと目を瞑りながらスプーンをパクッと咥えた。
〇弐句色家のマンションのキッチン(夕方)
黒いエプロンをつけてキッチンに立ち、ネギを手にしている敬多。
眼鏡はかけず、髪の毛はオールバックにしている。
羽咲「私も何かやるよ。うちのキッチンだし」
敬多「そんじゃお湯沸かしてくれ」
羽咲「草野先生って毎日料理するんだね、意外」
敬多「ま、市販のつゆと麺に買ってきたかき揚げのっけるだけだけどな」
トントントン……と慣れた手つきで敬多がネギを刻んでいく。
羽咲「うちはうどんといえばお父さんの手打ちうどんだったなぁ。お父さん普段は料理しないのに、うどんだけは作ってくれたの」
敬多「俺も食った事あるぞ、ニク先が作ったうどん」
羽咲「ぇ、そーなの?」
敬多「ああ。これなら殴っても蹴ってもいいぞって、うどんの生地を踏まされた」
羽咲「そーなんだ」
ネギを切る手を止めた敬多が、何かを思い出すように視線を斜め上へ向けた。
敬多「そういえば、つゆも美味かったっけ。あれもニク先が作ってたんかな」
羽咲「つゆはうちのお母さんの手作りのだと思うよ。お母さんは料理が上手だったの」
もっとお手伝いしておけばよかった、と羽咲が寂しそうに呟く。
羽咲「懐かしいなぁ、お父さんとお母さんが作ったうどんとつゆ」
不意にポロッと羽咲の目から涙が零れた。
羽咲「あれ……?」
意外そうにポカンとしている羽咲の目から、涙がポロポロ落ちていく。
慈しむような視線を羽咲へ向ける、オールバックで見た目が怖そうなバージョンの敬多。
敬多「よかったな、ようやく泣けて」
羽咲「な、んで……私、泣いて……」
敬多「今まで感覚が麻痺してたんだろ。好きなだけ泣け」
羽咲「ヤダ、泣いてる時の私、ブスになるから。泣かない」
手で目を擦って、必死に涙を止めようとする羽咲。
敬多「ここには俺しかいねぇからいいだろ」
羽咲「先生がいるもん……ひゃ!?」
羽咲の顔が隠れるように、敬多は自分の胸に羽咲の事を抱き寄せた。
敬多「こうしてれば俺からも見えねぇ」
羽咲「はなみずついちゃうよ、せんせ」
敬多「鼻水くらい構わねぇよ」
羽咲「うどんどうするの」
敬多「まだ麺いれてねぇからセーフ」
羽咲を抱き寄せたまま、カチ、と敬多はコンロの火を消した。
羽咲(抱きしめられてドキドキするのに、なんか安心する……)
敬多の腕の中で、羽咲は涙を流し続けている。