伝われ、大好き!
 いつもの放課後。今まで毎日見ていた幼なじみの颯汰(そうた)がサッカーをする勇姿が見れなくなった。三年生は部活引退。
 だけど、今日も校庭の真ん中、そこにいるわけがないのは分かっているのに、颯汰の走る姿を思い出しては、にんまりして眺めている。

 サッカー部のエースでキャプテンだった颯汰は、誰が見たってカッコいいと言うくらいにイケメンで……と、言いたいところだけど、それはやめておいて。
 実際には垂れた目尻と下がった眉、癖のある猫っ毛からはなんの闘争心も伺えない、ほんわか男子だ。

 おっとりしているけど、一度ボールが足元にくるとその表情は一変する。穏やかに下がった眉はキリリと上がり、俊敏な動きでディフェンダーを交わしていく。自らシュートを捻じ込んでから振り返った颯汰の、気の抜けたような笑顔が、どうしようもなく可愛いのだ。

「……なにニヤけてんだよ、麻由理(まゆり)

 校庭を眺めながら妄想を繰り広げていたあたしは、思わず自分のニヤけていた口元を両手で隠した。

「そ、颯汰! いつの間に!」
「さっきからいましたけど? ってか、毎日毎日校庭見過ぎじゃない?」

 そ、それは、今まで見れていた颯汰の姿が見れなくなったのが寂しいのと、颯汰のサッカーをする姿を思い出してその寂しさを紛らわすためで。

「ずっと、俺がいるから見てくれているんだと思ってたのに。まだ見てるってことは、俺じゃなかったんだ」

 下がった眉と目尻が、ますます弧を描いていく。くるりと向きを変えて、先に歩き出す颯汰の背中に視線を向けた。

「……今のって、どういうこと?」
「ん?」

 惚けたように振り返った颯汰に、あたしは駆け寄った。
 ずっと、あたしは颯汰を見てたんだよ。

「サッカー部の中にいるんだろ? 好きなやつ」

 ニコッと笑うその表情からは、颯汰があたしの気持ちに気が付いているとは思えない。

 毎日毎日、ずっと一緒にいるのに。
 けっこうバレバレな態度取ってきたつもりだったのに。
 それが当たり前すぎて、好きなんて言ってしまったら、今まで笑い合えていたことも、ふざけ合えていたことも、全部なくなってしまうんじゃないかって怖くて、自分の気持ちはしまってきた。

「……うん、いるよ」

 あたしは、颯汰が好き。大好き。

「あ、そ。じゃあ、もう一緒にいるのやめる?」
「え?!」

 見上げた颯汰の顔は困ったように笑っていた。

 なんで分かんないんだろう。
 あたしよりも二つも年上だし、頭いいから勉強だって出来るし、教え方もすごく上手いのに。どうしてあたしの気持ちには、気が付いてくれないの。

「うそ」

 あたしが口をキュッと結んで黙り込んでしまうと、颯汰がそばに寄る。

「麻由理、俺にしてよ。これからもずっと、一緒にいてほしい」

 ニッとあたしの身長に合わせて覗き込む颯汰は、あたしの一番大好きな笑顔だ。
 優しく繋がれた手、ふんわりと気持ちが和らいだ。

「うん、好き」
「……え」

 颯汰のことが好き。

 驚いたように目を丸くした颯汰に、もう一度はっきりと伝えてみる。

「颯汰しかあたしには見えてない。大好き。ほんと、大好き」

 一度出た好きは止まらずに溢れ出してくる。
 ずっとずっと、伝えたかった。
 あたしは颯汰なしでは生きられないくらいに、颯汰のことが大好きだ。

「大好き」

 夢中になって気持ちを伝えていて、ふと颯汰へ視線を移すと、その顔が真っ赤に染まっているのに気がついた。
 初めて見る反応に、驚く。

「颯汰も、あたしのこと……」
「うん、大好き」

 あたしの瞳の中で、嬉しさの波が揺らいでいる。
 そっと颯汰の手が伸びて来て、毎朝欠かさずアイロンで伸ばしているあたしのまっすぐな髪にサラリと触れた。いつもは恥ずかしくてつい、「触らないで」と意地を張ってしまうのに、今は不思議とその手にもっと触れて欲しいと思ってしまう。
 想いが通じ合うって、愛しいことなんだ。

「大好き」

 もう何度でも言うよ。言って良いんだ。
 だって、今からあたし達は幼なじみから、彼氏彼女へとなれたから。


「で、なんで俺が引退した後もサッカー部のやつらを眺めてんの?」

 学校から帰って来て、いつもの様にあたしの家のリビングで我が家の様に寝転がる颯汰に聞かれた。

 それは……颯汰の姿を思い出していた、なんて、正直に言うのは恥ずかしい。

 あたしは注いだレモンサイダーのグラスを差し出しながら小さく呟いた。

「……そこに颯汰がいたらいいなって、思いながら見てただけ」
「なにそれ、俺のこと考えくれてたの?」

 照れ隠しに一口サイダーを飲んで俯くと、驚いた声が聞こえてくる。

「麻由理、顔真っ赤なんだけど」
「そ、それは……そうちゃんのせいじゃん」

 恥ずかしいこと聞くし言わせるから。

「俺が麻由理のこと、こんな可愛くしちゃってるってこと?」
「え?!」

 思わず顔を上げると、いつの間にか目の前にいた颯汰と至近距離で目が合う。
 静けさに、レモンサイダーの炭酸が飛び跳ねる音がかすかに聞こえた。

「あー、もう。めっちゃ好き。麻由理、これテーブルに置こ」

 あたしが持っていたグラスを手にしてテーブルへと静かにおくと、颯太が満面の笑みで両手を広げる。

「ギュッてさせて、麻由理」

 それは……そこへ、飛び込んでこいと言う意味で良いのだろうか?

 戸惑い、悩むあたしに、颯汰は待ちきれないと、あたしを包み込んできた。
 颯汰の温もりに全身が硬直してしまう。

「んーっ、麻由理っていつも甘い匂いするよね。こんなに近いとますます感じる」

 首元で喋る颯汰の声がくすぐったい。

「ああ、もうほんと俺の彼女で良いの? 幼なじみって肩書き取っ払っても良いの?」

 ますます強く抱きしめられて、あたしはなんとか頭だけ素早く上下させた。

「ヤバ……俺、しあわせ」

 あたしもだよーっ!
 でも恥ずかしくて言えないけど。

「今日ね、母さん帰り遅くなるんだって。俺の家行く?」

 ふわふわの癖っ毛があたしの頬を掠めて首筋に柔らかいものが触れた。
 スルリと制服のシャツの中に滑り込んできた手のひらの感覚に、一気に颯汰を突き飛ばした。

「だ! だだだ! ダメ!!」

 油断していたのか、颯汰はよろけてソファーへとぽすんっと座り込んでしまった。
 唖然とする颯汰と、心臓が尋常じゃなく脈打っているあたし。

「……じゃあ、もっかいギュッてだけさせて」

 またしても両手を広げてあたしが飛び込むのを待ち構えている颯汰の笑顔が愛しすぎてもう、どうしようもない。

 大好きだ。

 だけど、まだギュッとしてもらうだけが精一杯のあたし。それだけでしあわせなんだから、どうか許してほしい。

 そっと近づいて、颯汰の膝に小さくなって座った。

「んー、ヤバい。可愛い、可愛い可愛い」

 今まで隣にいても何もなく過ごしていた時間は、もう二度と戻ってこない。
 あたしはこの先ずっと、颯汰に溺愛されるのかと思うと、嬉しくて、たまらない。
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