私は魔王!

あーん。

「今日は忙しそうだな。」

恒例となった勇者の窓からの訪問。
もはや誰も突っ込まなくなっていた。

「あぁ、勇者か。これから獣人国の来賓が見えるので、謁見しなければならないのだ。悪いが今日はゆっくりお茶していられんのだ。」

侍女に支度を手伝ってもらいながら、答える。勇者の持ってる紙袋の中身を気にしながら…

「獣人国?」

「この間、奴隷市を潰したろ?そこに獣人の子供達も居たのだ。解放した事を獣人王が感謝したいといってきてな。」

「魔王様、お顔をまっすぐにしてくださいませ。」

侍女が一生懸命、私のくせ強剛毛髪をなんとかまとめようとしてくれている。

「俺も同席していいか?邪魔にはならないようにする。」

勇者が紙袋をテーブルに置く。

この匂いは……クッキーか?ほんのりバニラの匂いの中に少しスパイシーな匂いが鼻を掠める。
ジンジャーか?ジンジャークッキーなのかっ!?

「魔王様、お顔をまっすぐに。」

「勇者、なにか気になる事でもあるのか?」

「獣人国に行った事があったが、あそこの連中は皆、気が強いというか、考えるより早く体が動いてしまうというか…」

「現王は好戦的な奴だが、獣人は用心深く、思慮深い。自分の行動一つで何がどう変わるか、常に考えている。今回は感謝の謁見だ。そう問題も起こらんだろう。」

答えながら、そっと紙袋に手を伸ばしあと少しでクッキーに手が届きそうなところで、グギッと顔をまっすぐに矯正され、押さえられた。

「…魔王様、お顔を、まっすぐに、してくださいませ……」

侍女の目が据わっている。この子、ゴードンだったな。だから髪がうねうねと……

そんな光景を見ていた勇者が、ははっと声を出して笑って、おもむろに紙袋に手を入れクッキーを摘まむと、私の口元に持ってきた。

ま、またもやこれは『あーん』なのだな!
くっ!食べたいっ!けど恥ずかしい!
どうしたらいいんだ!?

「パティスリー・ロンの新作だ。なかなか面白い味だぞ?」

し、新作だと!
この間、人間国に行った時、楽しみにしてお店に行ったが定休日で営業してなかったんだ!あの時の私の絶望感といったら……
こんなにも私の心を掴んで離さない、パティスリー・ロンのスイーツ!!
食べなければなるまい!
恥じなぞ知るものか!
ええいっ!!

パクッと一口でクッキーを頬張る。
あぁ、甘さとスパイスが丁度良い比率で混ざりあっている。
これならいくらでも食べられるのではないか?
よく咀嚼し、ごくんと嚥下をした私はまた口をパカッと開けた。

はははっとまた声を出して笑った勇者が、また口にクッキーを入れてくれた。

あぁ、至福。
侍女の髪はまだうねうねとうねっていたけど。


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