ねぇ、悪いことしよ?
 なんとなくその沈黙を区切りとし、私たちは立ち上がった。

「じゃあ、また明日の準備で」
「うん」
「お気を付けて」
「ふふっ、翼もね」

 なぜ笑い声が漏れたかはわからない。だが、満面の笑みで笑う彼に対して、愛おしいと感じた感情は何なのだろうか。
 気になってしまったが、考えないようにする。考えないようにしていたことを考えることになってしまうから。

******

 正直、昨日の今日で私は返事を保留している立場だ。だから多少は気まずさなんかがあるかもしれないなと思ったが、それは杞憂だった。
 今までと同じように翼は、私に懐いてきてちょっかい(?)を出してきた。それを適当にあしらって一日が終わる。
 それが、体育祭前日までの数日間続いた。
 私としては別にそれでもいいのだが、彼はそれでいいのだろうか。まあ、返事をね、保留しているね、私がね、悪いんですけどね?
 さすがにこんな日常が続くと、もしかしたらあの日交わした言葉は彼がなかったことにしているのかもしれない、と何回も考えてしまうが、それは仕方がないことだと思う。だって、あまりにも彼が普通なんだもん。
 ここまでソワソワしていて悪いが、私は彼氏を欲しいと思っていない。まずは友達が欲しいなんて思うが、友人との交流をめったにしてこなっかった私にとって、彼氏なんてものは荷が重い。だから、やんわり断ろうと思ってる。
 なのになのに。
 断るための言葉を考えていると時折、胸がキューっと痛くなる。一応、病院にも行ってみたが、異常なしの一言だった。ただ、一つ聞捨てられなかったのは、

「貴女ぐらいの年頃の子がよく来るんだけど、そろって異常はないのよ。案外みんな恋煩いだったりしてね」

 そ、そ、そ、そんな馬鹿な。私は彼を断ろうとしている。それでも恋煩いになるのだろうか。そして担当してくれた若い女の先生は、

「もし何かいいことあったらまた教えてね」

 こそっと耳打ちしてその日は病院を後にした。
 はあ、こんなこと言われたら、断るに断れないじゃん、、、
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