ねぇ、悪いことしよ?
 別れてからの記憶がしばらくない。それだけ多忙を極め、私にキャパオーバーな仕事が次々舞い込んできたのだ。
 ふと手を止めて休憩するときに思い出すのは、翼の表情豊かな顔。何度も気が散って正直、集中しにくかった。だが、どれだけ頑張っても忘れられないのだから、こればっかりは、どうしようもない。
 そしてついに、参加人数が最多であり、目玉となる最終種目大玉。さすがに自分の出場種目の時は仕事がない。
 例年通りに入場門ではなくサボり場所に行こうとしたら、グイっと手を引かれた。
 一瞬焦った。いきなりのことすぎて。だが、一瞬で安心する。こんなにやさしく、そして引っ張っていってくれるように握る男の子は、翼だけだ。
 不覚にも胸がときめく。

(もう、、。)

 顔のニヤつきを抑えれないまま彼に身を任せる。
 そしてなぜ知っているのかは知らないが、私が毎年サボりをしているところについた。ほんとになんで知ってんのよ。
 もはや呆れたが、私がそんなことを聞くのは今じゃない。それ以上に、言わなきゃいけないことがある。ずっと考えてきた言葉。ついに言うしかない。

「あのね、翼。聞いてほしいんだけど、いい?」
「いいですよ。なんかあったんですか?」
「うん、あのね。私今――」

『恋人とか作る気がないの。まずは友達を作りたい』

 そう言おうと何度も、何度も繰り返して練習してきたのに、どれだけ口を動かしても声が出てくることはなかった。
 その代わり、自分でも驚くべき言葉が出てくる。

「翼が好きなの」

 私が伝えたかったことと真逆の言葉が出てきた。そのことに自分でも驚いているとき、視界の端に彼の姿が映った。
 そんな彼の様子は、瞠目し、口をぱくぱくさせていた。その様子が少し可笑しくて笑いが漏れる。
 しばらく沈黙が続いた後、声が聞こえた。

「羽奈先輩、俺も好きです。これって現実ですよね?」

 確認を取ってくるが、私もなんで告白をしたかわかっていない。だけど、ちゃんと言葉にした実感があるから現実なのだろう。

「そうだよ(多分)」

 私がそう告げると、花が咲くような満面の笑みを浮かべ、喜んでいた。それを見るだけでこちらの心までが満たされる。

「先輩は、俺と付き合ってくれますか?」

 さっきまでの笑みは何だったのかとききたくなってしまうほど、シュンとした顔で聞いてくる翼。これが素だったら恐ろしい。計算だったら納得だ。だが、たぶん今までの行動を見る限り素だろう。後輩男子おそるべし。
 
「だめ、っていうと思う?」
「思いたくありません」
「正解」

 予想外の告白だけど、彼にもう一度好きと言われたとき、私はすごくすごくうれしかった。だからもう、なるようになれということで、お付き合いまでOKの返事をした。こんな予定じゃなかった。
 でも。今までにないくらい心が満たされている。サボった罪悪感はなくなり、楽しいひと時となった。最高の体育祭で〆ることができた。
 私が感慨にふけっていると、声がかかる。

「先輩、悪いことしませんか?」
「なに?」
「抱きしめたいです、あばよくはキスも」
「誰かに見られるかもしれないよ?」
「この場所は、先輩が二年サボっても誰にもばれてないから大丈夫ですよ」
 ちゃっかり知ってんだな。敵わないや。
「いいよ」

 そういうと、みんなが大玉に盛り上がりを見せる中、私たちは軽い口づけを交わした。それと同時に響き渡る優勝クラスを告げるアナウンス。
 普段だったら、無駄に大きく聞こえるそれが、今日だけは少しやさしいものに聞こえた。
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