Immoral
翌日から品川にある関東支店の研修室で実務研修が始まった。そこは品川駅からかなり遠くわかりにくい場所にあった。

通行人はまばらで車ばかりがかなりのスピードで通り過ぎた。1人で歩くには心細くて同期の友人と駅で待ち合わせして本当によかったと言い合った。友人と一緒に方向を確かめつつ20分ほど歩くとやっと目的の建物が見つかった。

そこは食肉市場に近く風向きによっては息をとめたくなるような嫌な臭いがした。余分な飾りなど何もない古臭く陰気な建物だった。

9時になると狭い研修室の一室で研修が始まった。講師は銀座支店の末永という課長だった。

末永課長はまず各支店の業務内容のあらましをそれぞれざっくり説明してから旅行業とはというテーマについて講義をしていった。

物腰が柔らかくユーモアも交えながらだったが課長自体が講義を面倒がっているような印象も受けた。講義の範囲が広すぎて具体性に欠けた内容のせいで眠気を感じた。
午前中の講義の最後に

「午後はちょっと眠くなってしまうような話かもしれませんね。」

と呪いのような言葉を言い残して課長は退室していった。

私たちは関東支店の社員食堂で昼食を取った。近辺に昼食を取るところはほとんどないと聞いたからだ。私は午後に備えコーヒーを2杯飲んだ。

午後は航空運賃についての講義だった。事前の予告通りものすごく眠くなるものだった。

何がなんだかさっぱりわからなかった。2杯のコーヒーもトイレに行きたくなるばかりで全く役に立たなかった。

皆必死に眠気と戦っているように見てとれた。1人、2人はうつらうつらしていた。15時近くなると課長は

「みんな眠そうだから。」

と休憩を挟んだ。研修室の外の自販機で缶コーヒーを買った。皆、眠そうでぼんやりしており、いつものように口数が多くなかった。

「今晩、どうする?」

近藤春海が誰にともなく言った。その日私たちは関東支店内にあるカプセルホテルに泊まる事になっていた。一応宿泊を伴う研修なのだ。

「門限までに帰ればいいんでしょ?」

私が聞いた。

「駅まで行って飲もうか。別にいいんだよね?」

根岸智美が言った。課長に一応聞いて見ようという事になった。10分間の休憩が終わりまた研修室に戻った。

講義は続いたが内容が広すぎて何かを習得するというより講演を聞いているような感じで頭に入っていかない気がした。

そんな風にして第1日目の研修が終わった。

門限までに戻ればいいという事だったので皆で外出した。遠くて面倒だったが途中に飲食できる所は無く品川駅の近くまで来てやっと居酒屋があったのでそこに入る事にした。

みんな研修が意味がないとか眠すぎるとか建物が臭いとかいった文句を一通り言った。それから誰がどこに配属されそうかなどと予想しあった。勝手な憶測で盛り上がった。

10人のうち8人が女子、男子が2人。男子は人数で負けていただけでなくパワーでも圧倒されていた。2人の男子はこの時は聞き役だった。

お酒は1人を除いてみんな飲めた。というよりみんな強かった。それでも研修中なので皆酔っ払わない程度に飲んだ。

プライベートな話ではサトミという子は彼氏が同期にいる事を白状した。同じ大学から一緒の会社に入った訳だ。

知らずに同期にカッコイイ男がいないと嘆いてしまった事を謝った。サトミはいいよ、いいよと許してくれた。彼氏とは半同棲という事らしい。

「ミズキちゃんは?付き合ってる人いないの?」

と聞かれた。

「彼氏はいないよ。」

と私は答えた。

研修2日目が終わるとカプセルに泊まらずに自宅へ帰れた。帰っても食事をして寝るだけ。翌朝7時には家を出るつもりだったので5時過ぎには起きなければならない。

これからは毎日こんな生活になるのかと思うと気持ちが萎えた。
大学時代は遅刻は常習。まして4年は学校に行く事も少なかったからすっかり怠けぐせがついていた。
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