白い嘘と黒い真実
「椎名さん、こんな所で何してるの?」

背後から突然課長の声がして、私は驚きのあまり、危うく大声を出しそうになってしまうのをすんでの所で堪えた。

「か、課長。い、いや……。あの、ちょっと飲み物でも買おうかなあ……って」

まさかの不意打ちに、上手い言い逃れが思い浮かばず視線を泳がせていると、丁度休憩室の自販機が目に留まり、一先ず笑って誤魔化してみる。

「あ、そう。まあ、いいんだけど。ごめん、さっき渡しそびれた資料があって、これも追加でコピーお願い出来るかな?」

「はい、もちろんです」

とりあえず、特に怪しまれることなく、すんなりと納得してもらったのはいいけど、渡された資料の量が思っていた以上に多く、私は若干引き攣り笑いになりながらも、快く返事をする。

「あっ、高坂部長。お疲れ様です」

すると、私達が話している間に通話を終わらせたようで、高坂部長が休憩室から出てくると、課長はにこやかに笑って軽く会釈をしたので、私も後に続き白々しく挨拶をした。

「お疲れ様です」

高坂部長はいつもの爽やかな笑顔を振りまきながら、同じように軽く会釈をして、颯爽とこの場を後にしようとした時、一瞬だけ私と目が合い、思わず冷や汗が流れる。

……やばい。

おそらく高坂部長の耳にも私と課長の会話は届いていたと思うので、もしかしたら、怪しまれたかもしれない。

でも、それならそれで万が一聞かれても適当にシラを切ればきっと大丈夫。

そう思って私は部長から追加の資料を受け取ると、そそくさと持ち場へと戻り、作業を再開させる。

兎にも角にも、あの仕事の話は少し気になるところではあるけど、それ以外に高坂部長の怪しい動きは特に見当たらなかった。

探偵みたいに常に彼の動きを見張っているわけじゃないので断言は出来ないけど、これまでを振り返ってみてもやっぱり浮気路線はないんじゃないかという結論に至り始めてくる。

とりあえず、引き続き何かあったら今度こそバレないように上手く様子を探ることを心に決め、私は大量印刷を再開しながら、コピー機の前で小さく拳を握り締めたのだった。
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