政略結婚は純愛のように〜夏の日に〜
 パチパチと音を立てて、オレンジ色の火花が散る。由梨はそれを幸せな気持ちで見つめていた。
 さっき夜空に散っていた花とは比べ物にならないくらいひかえめな花。でもさっきの花火よりも綺麗に思えるのが不思議だった。
 花火越しに隆之が由梨をじっと見つめている。

「綺麗だ」

 甘い響きを帯びたその声音に、頬が熱くなるのを感じて由梨は目を伏せる。彼は花火のことを言っているのだ、と自分自身に言い聞かせた。

「火花の形が変わっていくのが不思議ですよね」

 頬の火照りに気づかれないように由梨が言うと、彼は手元の線香花火に視線を送る。そしてその存在に初めて気がついたかのような表情になった。

「ああ、まぁそうだな。それにしても何年ぶりかな、手持ち花火をやるのは」

「私も久しぶりです。もしかしたら子供の頃以来かも。学生時代に、友だちと集まってやろうって言ったりしてたけど、夜の外出はいい顔されなかったから、結局毎年参加できなくて……」

「学生時代か、そういえば俺も誘われたかな。だけど暑いのは苦手だし、騒ぐのも嫌いだから断ってた。でも由梨となら、なんでもやりたいと思えるのが不思議だな」

 そう言って隆之はまた由梨をじっと見つめる。大好きな彼の瞳に、由梨の胸に温かいものが広がった。

 ……今夜のことはきっとずっと忘れない。

 そんなことが頭に浮かんだ。
 花火をふたりで観られなかったという残念なはずの出来事が、こんなにも特別で幸せなことに思えるのが嬉しかった。
 彼の存在が、自分の世界を特別なものにしてくれる。由梨にとって彼と一緒に過ごす時間は、いつだってたくさんの色に彩られているのだ。
 線香花火が白い煙を残して消えても由梨の中の温かな想いはそのまま胸に残っていた。

「由梨、愛してるよ」

 近づく隆之の視線に、由梨はゆっくりと目を閉じた。
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