世界樹の下で君に祈る
第1章

第1話

 大きな世界樹の下で、愛を誓う。
それは生涯を共に過ごすという永遠の約束。
お姉さまは神話の時代から続く「聖女」としての真っ白な衣装を着て、そこに立っていた。

「とっても素敵よ。エマお姉さま」
「ありがとうルディ。あなたにも幸せが訪れますように」

 お姉さまの成人を祝う誕生日会に、国内外から大勢の参列者が集まっていた。
聖女の証である純白に金の刺繍の施された衣装が、サラサラとゆったりした歩みとともに清らかに揺れ動く。
王城の中庭にある世界樹は、この世界を作った神さまが最初に授けたといわれている伝説の樹だ。
それを代々受け継ぐ私たちは、王族として聖なる樹を守り育てている。
エマお姉さまは、世界樹の前にひざまずいた。

「成人を迎え、これからもより一層、世界樹とその元に生きる人々のために、尽くして参りたいと思います」

 温かい拍手が沸き起こる。
午後の柔らかな光りが降り注ぎ、世界樹の葉を照らしていた。
お姉さまの後ろには、ナイトとして付き添うマートンの姿も見える。
彼はずっと、よき友人としてお姉さまに寄り添っていた。
庭で花を摘む時も、湖に舟を浮かべ水遊びをする時も、お姉さまがどこかへ出かける時には、必ず二人は一緒だった。
互いに手を取り合い、辛い時も苦しい時も、共に乗り越えてきた。
お姉さま以上に晴れやかで誇らしげな顔で、その美しいお姉さまの傍らに立つ凜々しい横顔を見上げる。
お姉さまが成人を迎えたこれからも、きっとその関係は変わらないだろう。
大勢の招待客に囲まれていながらも、ふと微笑む彼の視線の先には、いつだってお姉さまがいた。

「とっても素敵な集まりになりましたわね。あんなに立派で誇らしいお姉さまがいるだなんて、私も嬉しいわ」
「ルディは本当に、エマさまが大好きね」

隣を歩く真っ直ぐな黒髪に聖女見習いの灰色のワンピースを着たリンダが、そう声をかけた。
彼女は聖女を育てる教育機関である聖堂に通う学友であり、私の世話係としての役目も担っている。

「リンダったら、本当に聖堂の制服でパーティーへ来たのね。もっとかわいいドレス選んであげるっていったのに」
「ルディの趣味は、私には着こなせないからいいの」

成人の儀式を終えた私たちは、お茶会の会場となる庭園へ移動を始めていた。
世界樹の庭は特別な庭だ。
人の出入りは極端に制限され、今回招待客のために開放されたのも、実に数年ぶりのことだった。

「もったいない。リンダだってちゃんと着飾ればかわいいのに」

石造りの空中回廊を、夏の終わりの風が吹き抜ける。
日陰は涼しいものの、まだ夏の暑さは残っていた。
私は宝石を散りばめた深紅のドレスの裾をキラキラと翻す。
少し派手かなとは思ったけど、お姉さまの成人を祝うお誕生日パーティーなんだもの。
思いっきり盛り上げないと。
それに……。

「マートン卿も、相変わらず素敵ね」

 親友であるリンダは、多くの意味を含めた笑みを投げかけた。
彼女は私のことを、誰よりもよく知っている。

「当然ですわ。お姉さまだけでなく、私にとっても黒髪の貴公子でしたもの」
「これで、ルディの片思いもお終いね」
「マートン以上に素敵な男性がこの世にいるだなんて、想像も出来ませんわ」
「おやおや。そんなことを言ってていいの? ルディ」
「どうして? だって本当のことですもの」

 この後のお茶会で、お姉さまとマートンの婚約発表も控えている。
昨晩エマお姉さまが私を部屋に呼び、こっそり打ち明けてくれた秘密だ。
お姉さまはそれをサプライズイベントとしたいみたいな感じだったけど、マートンとの仲だなんて、公然の秘密もいいところだ。
それでも何も知らなかった幼い私は、彼を実の兄のように慕い、淡い恋心まで抱いていた。そんな自分とも、もうお別れ。

到着した庭園では、すっかりお茶会の準備が出来上がっていた。
国内外から招待された貴族たちが、優雅に語らい始めている。

「ルディも寂しくなるわね。エマさまの公務に付きそうことになれば、マートンさまとも頻繁に会えなくなるから」
「やめて。私はそんなこと全然考えてな……」

 と、リンダの肘が私の腕をつついた。

「ちょ、ルディ。アレ誰よ。知ってる人?」
「え? どなた?」

エマお姉さまの前に、一人の男性が進み出た。
真っ白な異国の衣装に身を包んだ、燃えるような紅い髪と紅い目の男性だ。

「ん。見覚えはありませんわね」

気品ある優雅な立ち居振る舞いから、身分の高さがうかがえる。
サラサラとした短い髪を流し、お姉さまの前にひざまずくと、ふわりと右手を差し出した。

「レランド王国の第一王子、リシャールと申します。ブリーシュアの第一王女エマさまに、結婚の申し込みに参りました」

そう名乗ったレランドの第一王子は、お姉さまの手を取るとスッと立ち上がった。
突然の出来事にざわつく周囲をものともせず、お姉さまの腰を抱き寄せる。
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