溺愛社長とお菓子のような甘い恋を

狭い部屋の中、海斗さんが好きなコーヒーを入れて出すとそれをじっと見つめながら聞いてきた。

「どうして退職願なんて?」

声のトーンは少し落ち着いている。

「遅かれ早かれ、辞めることにはなっていたんです。それが早まっただけ」
「親父が言ったのか? 親父の言うことは聞かなくていいといっただろう?」
「無理ですよ。それに私、もう疲れちゃって……」
「疲れた?」

海斗さんに軽く微笑む。

「毎日、親子喧嘩を目の前でされて、付き合うのも結婚するのも認められないって言われているんですよ? 私も精神的に来るものはあります」
「だからそれは俺が何とか……」
「できてないですよね!?」

私が遮るようにしてそう言うと、海斗さんはグっと言葉に詰まった。

「何とかするっていうけれど、できていない。やっぱりまだ会長の権限は強いし、海斗さんだって心のどこかでは会長の言うことを理解している。ただ感情面で認められていないだけです」
「俺は花澄と一緒に居たいんだ」
「私もそう思っていました。でも、無理ですよね? 私なんかでは会社の支えにはならないし、後ろ盾にもならない。真理愛さんは愛人ならいいなんて言うけど、そんなものになりたくはない」

捲し立てる様に言うと、海斗さんは唇をかんだ。
愛人の話に驚いた様子はないから、お見合いの時に聞いたのだろうか。
どんな話をしたのだろう。
でも、それももうどうでもいい。
私は海斗さんと別れる決意をした。
お腹の子供を守るために。

「私、もう辛いんです。なんだかすごく疲れました」

流れる涙を隠すように立ち上がってぬぐった時だった。
下腹部にズキンと痛みが走る。

「痛っ……」

締め付けられるようにズキンズキンと痛むお腹を押さえながら、その場に崩れ落ちる。

「花澄!?」

海斗さんが慌てて駆け寄ってきた。

「どうした、大丈夫か!?」
「うっ……」

痛みに脂汗が出てくる。
直感的に、これはやばいと感じた。

「待っていろ、今救急車を……」

スマホを取り出す海斗さんの手を抑え、待ったをかける。そして棚の上に手を伸ばし、ポーチの中から診察券を取り出した。

「ここに……連絡して……」
「産婦人科……?」

ハッとした海斗さんは私のお腹を見る。
何か言いたげにするが、苦しむ私に促されスマホを出して電話をかけた。
産院からすぐに来るよう言われて、海斗さんの車で向かった。

「切迫流産ですね。赤ちゃんが危険な状態です。絶対安静にしてください」

点滴を見ながら医者はそう言うと、部屋を出て行った。
ベッドに横たわる私は天井を見つめる。

「……妊娠していたのか」

ベッド脇で椅子に座る海斗さんがポツリと呟いた。
知られたくなかったけど、しかたがない。

「八週目。さっき赤ちゃんの心拍が確認されました」

検査をした結果、流産しかけているのに、心臓はちゃんと動いていて安堵の涙が出た。

「俺の子だろう? どうして言ってくれなかったんだ」
「……言えませんでした。海斗さんとは結婚できなくて、真理愛さんからは愛人になってもいい、でも子供は作らないでなんて言われたばかりでしたから。どうしていいかわからなかったんです。ただ、この子は私が大切に育てようって決めたんです」
「俺にもその権利をくれよ」
「え?」
「俺だって、花澄との子供を育てたい。妊娠しているって聞いて、凄く嬉しいんだ」
「海斗さん……」

海斗さんは私の手を取った。

「お見合いで、真理愛さんと話したよ。なんか、淡々として不気味だったけど俺がいかに花澄を愛しているか話してきた。最後には「あなたは面倒ですね」って言われたよ」
「え……」
「俺には結婚の意志はないと伝えたから、あとはあちら次第だが……。なぁ、花澄。子供が産まれるという時にこんな話もどうかと思うが……」
「なんですか?」
「もし、花澄との結婚を認められないようなら俺は神野家を出るつもりでいる」

海斗さんの言葉に思わず体を起こしそうになった。
それを海斗さんが止める。
今は少しでも動かないよう言われていたんだった。

「どういうことですか?」
「会社を辞めて、社長を退く」
「そんなこと会長が許しませんよ」
「そうかもな。でも俺は絶縁される覚悟でいる」

絶縁って……。
唖然としていると、海斗さんはフッと微笑んだ。

「本当は、ずっとそうしたかった。でも迷いがあったんだ。責任があるし、そう簡単なことではないとわかっていたからな。でも今回のことでその迷いがなくなった。俺はお前と子供を守るためならなんでもするよ」
「海斗さん……」

ボロボロ泣き出すと、涙をぬぐってくれた。

「花澄はゆっくり体を休めて、後は俺に任せろ」
「はい……。海斗さん、ごめんなさい」
「俺こそ、負担かけてごめん」

そう言うとそっとお腹に手を当てた。
大きくて温かい手だ。
そうして海斗さんは帰って行った。


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