溺愛社長とお菓子のような甘い恋を

3.セクハラ親父から避難せよ


「社長、これが本日の予定です。ご確認お願いします」

朝一番に、パソコンに入っている一日のスケジュールを印刷して神野社長に渡す。
それを見て神野社長が顔をしかめた。

「11時にアポの山口社長だが、話が長い爺だ。昼も一緒に食うことになるだろうから、13時のインタビューに間に合わないかもしれないって言っただろう」
「あ、申し訳ありません。表の訂正をし忘れていました。インタビューは15時に変更してもらっています」

慌てて書類に赤で15時と書いて訂正して渡す。
神野社長はため息をついた。

「気を付けろ」
「すみません」

神野フーズで働き出して、はや一カ月。
大まかな仕事にはだいぶ慣れてきてはいるが、こうしたミスはやりがちだった。
仕事に関しては細かい所まで結構厳しい人だ。
スケジュールはパソコンで共有すればいいのにと思うのだが、社長は紙の書面で見て色々と書き込んだ方が頭に入るなどの変なこだわりを持っていた。
私は隣の部屋の自分のデスクに戻って書類の仕分けを始める。
今までこちらに上がってきた書類の管理を、忙しい神野社長がひとりでやっていたらしく、書類がばらばらで全く整理が出来ていなかった。
そのため、会議用、決済用、経理部用などの箱をいくつか作り、わけて入れられるようにして整理した。
またファイルも大量に購入してもらい、過去の会議書類や契約書なども年度別に綺麗に片づけして保管したのだ。
あまりにも書類が多く、私一人でもここまでやるのも大変だったので、神野社長が仕事をしながらこれを片手間の時間にひとりでやるのには無理があった。
忙しいのにこんなことやっている暇なんてないよね。
そりゃぁ、早く秘書が欲しいと思うわけだ。

11時前になると、山口社長が来たと受付から電話が入る。
私は今日が初対面だが、山口社長は昔から懇意にしている大手スーパーの社長である、と事前に教えられていた。
神野社長とふたりでエレベーター前まで行き、山口社長を出迎える。
現れたのは、ハットをかぶった小太りのお爺さんだった。

「お待ちしておりました、山口社長」

神野社長が笑顔で挨拶をする。

「久しぶりだね、海斗君」

先代の頃から付き合いがあるとのことで、山口社長は親し気に名前を呼んだ。

「こちらは?」

山口社長が控えていた私に気が付いた。

「新しい秘書の大園です」
「大園と申します。よろしくお願い致します」

お辞儀をして丁寧に名刺を渡す。
以前の会社の研修でやったことはあるが事務職だったから、こうした機会があまりなかった。
就職したとき、神野社長に一週間で覚えろと渡された秘書関連とマナーの本を読み込んだので少しは形になっているだろう。
社長室へ通し、お茶を入れて出す。
山口社長はそんな私をニヤニヤしながらお茶をすすった。

「綺麗な子だな。君はいくつなんだい?」
「28歳です」

すると、山口社長は「そうかぁ~」と肩を撫でてきた。
うわっ、ぞわぞわする。
セクハラだと言いたいけど、言えるわけがないから我慢だ。
引きつった顔をしていると、「大園」と神野社長が声をかけてきた。

「これ至急、商品開発部へ出して来てくれないか」
「え……」

渡されたクリアファイルの中はただの決裁書で、そこまで急がなくて良さそうだけど……。
すると神野社長は私にそっと近づき、耳元に顔を寄せた。
フワッと爽やかないい香りがして、一瞬ドキッとする。

「そのまま昼休憩に行っていいから」
「あ、はい」

私は山口社長に挨拶をして、そそくさと社長室を出る。
時計を見るといつもの昼休憩にはまだ早い。
神野社長は口実を作って、山口社長から引き離してくれたんだ……。
私がこれ以上、セクハラに会わないようにと。
山口社長に触られた不快感は消えて、神野社長の優しさに少し胸が温かくなった。
商品開発部へ書類を渡してから、外に出てお昼をとることにした。
もうすぐ六月だから、なんだかじめじめして蒸し暑い天気だ。
そういう時はさっぱりしたものを食べよう。
近くの蕎麦屋に入ると、まだ11時半なのに結構混んでいた。

「相席でもいいですか?」

店員に聞かれて頷くと、二人掛けの席に案内される。

「あ……」
「あら、お疲れ様」

そこには経理部の竹田穂香さんが蕎麦を食べていた。
竹田さんは短い黒髪をひとつに束ねて眼鏡をかけた、一つ年上の落ち着いた雰囲気の女性だ。
入社時から経理部で働いており、私も書類を出しに行くときに時々顔を合わせていた。

「竹田さん、お疲れさまです。今日は早いんですね」
「うちの部は順番に休憩入るからね」

そう言って微笑みながらお茶を飲んでいる。

「どう? 仕事慣れた?」
「まぁなんとか。でも社長のケアから、書類、スケジュール管理とかやること多くて目が回りそうです」

ため息交じりに言うと、ふふと笑われた。

「でも、嫌そうではないから少し安心した」
「え?」
「入ってきてすぐの頃は、いつも泣きそうな顔していたから気になっていたの」

そうだったんだ……。
確かに一か月前は、何もわからなくて社長にもよく怒られていた。
慣れない仕事に戸惑いもあった。
辞めたいとは思わなかったけど、うまく立ち回れない自分に歯がゆさを感じていたのだ。
竹田さんはそんな私を気にかけてくれたんだと知って嬉しくなる。

「ありがとうございます。もうだいぶ慣れて仕事も何とか回せるようになってきました」
「それは良かったわ。あ、わさび使う? ここの生わさびでとても美味しいのよ」
「取ってもらってすみません。いただきます」

竹田さんとこうしてちゃんと話したことは少なかったから、結構話しやすい人でびっくりした。

「じゃぁ、私先に戻るね」
「はい」

先に食べ終えた竹田さんは会社に戻っていった。
社内での中で、社長以外に話せる人が出来て良かった。
社長秘書は私だけだし、他部署とも交流は少ないから話せる人はいなかったんだよね。
だから竹田さんと話ができて嬉しかった。

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