悪女がお姫さまになるとき
 マリンススポーツで訪れる若者たち用の民宿かなにかがあるのかもしれない。
 浜辺に寝ていたわたしは、海水が満ちてきて頭まで水につかることになったのか。
 そもそも今は夏だったか。
 冬だったら、こんなことをしていたら冷たい水で凍死していたかもしれなかった。
 再び戻ってきた波が、沖へと体を引きずりこもうとする。

「どうして、わたしはここにいるんだっけ?」
 
 かすれてはいるが、自分の声だった。
 声が水面をすべり、同時に満天の夜空に飲み込まれた。

 わたしは立ち上がり、どぼどぼと水を滴らせるジャケットを脱いで絞った。
 次いでにスカートからシャツを引き出し、裾を絞った。
 ジャケットの生地は厚い。
 冬用で、シャツの下にきている肌着も長袖の極暖シャツ。
 膝上のスカートも、間違って履くとダサいので夏にはしまいこんでいるものだ。

 だがここは、真夏の太陽の熱をたっぷりため込んだぬるい海水、ぬるい大気。
 夏の海。
 赤い満月の夜。
 

 誰と一緒に海に遊びにきたのだろう。
 浜辺で満ち潮に飲まれるまで、どうして一人で寝ていたのか。
 置き去りにされたのか。友人たちは近くにいるのか。
 酒を飲んで、皆ねむってしまったのか。
 ここは夏なのに、どうしてわたしは冬の制服なのか。
 不可解で、不可思議で、混乱する。

 そうしているうちに、ふくらはぎの半ばまで海水面が上がってきている。
 このままここで立ち続けることは、自殺するようなものだ。

「自殺!?」

 いきなり心臓を握りつぶされるような痛みに、胸を押さえて呻いた。
 とたんに記憶が映像となって流れこんできた。



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