アリンコと佐藤くん

2 恋はまだ早すぎた?

 その日のお昼休みは、お弁当のあと芙美ちゃんが持ってきたカップケーキをふたりで食べた。
「うわぁ、このカップケーキおいしい!」
 甘く煮た角切りリンゴにシナモン、それにマカダミアナッツ。ケーキのなかにギッシリと入ってる。
「でしょー? 駅前のカップケーキ専門店で買ったの。今日は、あたしとアリンコの『バレンタインおつかれさま会』ってことで。結果は残念だったけど、ちゃんとショウくんに渡すことができたからスッキリした!」
「ゲホゲホッ!」
 思わずシナモンが気管に入った。く、くるしい。
「どうしたの、アリンコ? あたし、なにかマズイこと言ったかな」
 芙美ちゃんは、カップケーキを手にしたままオロオロ。
「ゴホゴホッ、ううん、そんなことないよ! 大丈夫! ゲホゲホッ」
 あたし……佐藤くんに渡すどころか、あげる相手をまちがえたから。
 スッキリするどころか、いつまでたってもモヤモヤがおさまらないんだ。
「アリンコ、ホントに平気ー? さっきからむせてばっかりだよ」
 心配そうにあたしの顔を見つめる芙美ちゃん。
「あたし、ちょっと水飲んでくるね」
 足早に席を立ち、手洗い場に行こうとろう下に出たとたん。
「あっ!」
 すれちがった。すれちがっちゃった。
 今、いちばん顔合わせたくない相手と。
 キラッキラの金髪で、のっぽで、目がすわってて。
 うかつに話しかけたら怒られそうなオーラがただよっている。
 そう、C組の佐藤くんと。
「ゴホゴホッ!」
 あたしはわき目もふらず手洗い場へ走った。
 気まずい、気まずい、気まずいよー!
 あのひとにバレンタインデーのプレゼントあげるつもりなんて全然なかったのに。
 うちのクラスの佐藤くんと、少しでもなかよくなれなかったのは悲しいけど。
 彼女がいるならまだキッパリとあきらめられる。
 でも、もうひとりの佐藤くんについてはどうしたらいいんだろう。
 やっぱりホントのこと言うべき?
 でも、もし正直に打ち明けたら――。
「は? ゲタ箱をまちがえた? オマエ、どんだけうっかりモンなんだよ。バッカじゃねーの?」
 ひゃーっ! ブチキレられる未来しか見えてこない。
 考えるだけでふるえが止まらないよ。
 でも……このままだまってていいのかな?
 なんとか、どうにかできないかな?
 気分が沈んでるせいか、飲んでる水も、いつもよりすっごくおいしくない。
 てゆーか、マズい。マズすぎる!
「有川、なにやってんだ! お前が口にふくんでるの液体せっけんだぞ」
「え?」
 ろう下を通りかかった担任の先生の声で、あたしはようやくハッとした。
 ダパダパと両手にたまっているのは、どろっとしたグリーンの液体。
「あ、あれっ。あたし、ボーッとしてて……ゴボゴボ!」
 わああ、しゃべるそばから次々にシャボン玉が出てくる。
 これじゃまるでカニさんだよ、みっともない。
 こんなあたしが、気になってる男子にバレンタインチョコ渡すなんて、まだまだまだまだ早すぎたのかなぁ……。
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