アリンコと佐藤くん
第三章 遠ざけたいのに募る想い

1 どうしても落ち着かなくて

 ゆらゆら、ゆらゆら。
 二月だというのに、あたしの心はまるで夏の風鈴みたいにゆれていた。
 ほんとうは同じクラスの佐藤くん――ショウくんにあげるはずだったバレンタインプレゼントを、まちがえてC組のヤンキー、佐藤くんのゲタ箱に入れて以来。
 あたしの心はずっと落ち着くことはなかった。
 だけど、この気持ちは今までとはちょっとちがう。
 これまでは、できるだけC組の佐藤くんと関わり合いになりたくなかった。
 校則はガン無視。キラッキラの金髪だし、派手なシルバーアクセサリーはジャラッとつけてるし、先生の注意にはまるで聞く耳を持たない。
 それに、あの中一とは思えないくらい長身で、虎狼って名前にふさわしいギラッと鋭い、深い色をした瞳。
 絶対コワいひとだと思ってたから、あたしのことなんて早く忘れてほしいと願ってたんだけど――。
「さっき、ぬいぐるみ手にしたときのうれしそうな顔、すっげーかわいかった。オレ、アリちゃんのそういうところ、もっともっとたくさん見たい」
 って言われて、なんだか胸がほわほわっと、あったかくなったんだ。
 かわいいって、『もこフレ』のぬいぐるみみたいにコロコロしてるって意味なんだろうけどね。
 佐藤くんといっしょに遊んだり、自転車の後ろに乗せてもらってるうちに。
 あたし、佐藤くんがコワいひとだなんて思えなくなってきちゃった。
 だけど……ホントのことをだまったまま、佐藤くんと友だちになっていいのかな?
 もともとは別のひとにプレゼントあげようとしてたのに、ズルくない???
 でも、真相を伝えたら、佐藤くん、きっとイヤな気持ちになっちゃうよね。
 ぬいぐるみなんて取ってやるんじゃなかったって、あきれられるかな?
 いったい、どうしたらいいんだろう?
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 気持ちはゆれ動くばっかりで……。
「有川さん、どうしたの?」
「えっ?」
 ある日の塾。
 採点済みのテストを手にした先生が、困惑したようにあたしの顔を見つめてる。
「英語の点数、六十五点! あなたらしくないわね、いつもなら余裕で八十点取れるのに」
 わっ、けっこうまちがえてる。勉強サボってたわけじゃないのに。
「もうすぐ期末テストでしょ? 三学期だからいろいろバタバタしてるかもしれないけど、しっかりしなきゃダメよ。進級もひかえてるんだし」
「す、すみません……」
 そうだった。期末テストまで、もうあと一週間くらい。
 春になったら中学二年生になるのに、このところあたしはずっとボンヤリしていて。
 学校の授業についていけるよう、今まで勉強してたつもりだった。
 なのに、塾のテストは下がるいっぽう。
 どうしよう、このままじゃ期末テストの成績も心配になってきたな。

『芙美ちゃん、あのね。実は相談にのってほしいことがあるんだけど』
 あたしは、胸の内に抱えている、このフクザツな悩みを芙美ちゃんに聞いてもらおうと、LINEを送ってみた。
 だけど。
『ごめ~ん、アリンコ! 今、卒業生におくる黒板アートの参加でいそがしいんだ。悪いけど、もう少し後からでもいいかな?』
 美術部所属の芙美ちゃんは、来月の卒業式に向けて部活に集中しているようで。
 そんなときに話聞いてもらうのも悪いよね。
 他の友だちも部活や期末テストの勉強に一生けん命だし。
 お母さんに相談するのも気がひけるし、お父さんなんてもってのほか!
 いっつもよけいなこと言うんだもん。
 このまま、自分の胸に押しこめておくしかないのかな……。
 なんてことを考えていると、LINEの受信通知が来た。
 もしかして、芙美ちゃん? 
 あたしは、期待をふくらませながらスマホを手に取った。
 ところが、LINEの名前を見て、あたしの心臓は大きくはね上がった。
 スマホに表示された『虎狼』の二文字。
 佐藤くんだ!
 このあいだ佐藤くんに家まで送ってもらったときに、
「なにかあったら連絡して」
 って、佐藤くんがLINE教えてくれたんだ。
 あたしの連絡先も教えてほしいって言われたから、つい答えちゃったけど。
「アリちゃん、元気? ヒマだから送ってみた」
 だって。
 もーっ! こっちは今まさに佐藤くんのことで悩んでるのにっ!
 こないだまではショウくん――佐藤 翔馬くんにあこがれてた。
 それは確かにほんとうのこと。
 だけど、今はもうひとりの佐藤くんのことばかり考えてる。
 はじめて自転車で二人乗りしたこと。
 いっしょにゲーセンで遊んだこと。
 このあいだのできごとが、どうしても鮮烈に胸に焼きついていて。
 でも……このままこうやって近づいていっていいの?
 ウソついたまま友だちでいるなんて佐藤くんを悲しませることにならないかな……。
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