失恋カレシ〜2.5次元王子様と甘々極秘契約同棲はじめます!?〜
 ムスッとしたまま、食事はどうするか考える。と、七木と反対側に座っていた緑谷さんが「あ」と声を出した。
「あそこなんてどうでしょう。この前、七木さんが連れて行ってくれた港区のフレンチ。美味しかったですよ」
 七木がげんなりとした顔で息を吐く。
「……うわぁ。お前ここでそういうこと言う?」
「え、だって美味しかったからオススメしてるんだし、いいじゃないですか。あのときはご馳走様でした」
 笑顔の緑谷さんと、不機嫌そうな七木。
 ……なるほど。
 どうやら七木は緑谷さんを口説いて失敗したことがあるらしい。そして俺は、そのときに利用した店を勧められていると。
 ……にしても、七木もよく緑谷さんを口説こうと思ったものだ。彼女はたしかに綺麗だけれど、その場の雰囲気に流されるような人ではない。
 火遊びには向かない人だろうに。
「あれは過去の話だし。今は本命いるし」
「えっ! 誰だよ!?」
「内緒。あ、でも絢瀬。あそこにいくならドレスコードが必要だぞ」
 思い出したように七木が俺を見る。
「ドレスコードか……」
 桜にドレス。いい。まだ見たことない。
「よし。そこにする。名前なんてとこ?」
「あとでメッセージで送っとく」
「ありがと」
 七木とのやり取りを聞いていた緑谷さんは、しみじみと俺たちを見て言った。
「……本当に溺愛してるんですねぇ」
「え? うん、まぁ」
 ……若干引かれている気がする。
「まぁ、こいつが俳優になったのも、そのコに応援されたからだしな」
「えっ、そうなんですか?」
「……いや、元々俳優にはなりたかったんだけどね。でも、学校のヤツらに俳優になりたいだなんて言ったらバカにされるだろ。だからずっと誰にも言ったことなかったんだけど……唯一、彼女だけがすごい、頑張れって言ってくれたんだよ。それで決心した」
 あれは、高校二年の後夜祭でのことだった。
 あのとき俺は、桜を探していた。真宙が桜をふったと噂になっていたからだ。
 体育館裏にも、旧校舎にもどこにもいなくて、教室でようやく見つけた。
 誰もいない教室から、桜はキャンプファイヤーをひとりで眺めていた。その目には大粒の涙が浮かんでいて、瞬きするたびにぽろぽろと頬をつたっていた。
 なんで以前もふられているのに、と若干呆れた。呆れて、苛立った。
 真宙なんかより、俺のほうが桜を知っているのに……と。
 静かに泣く桜の横で、俺は必死に明るい話題を探した。最終的に話題が尽きて、自分のことを話し始めた。流れで夢の話までしてしまったときは、やってしまったと思った。
 好きな人に子供じみた夢を口走ってしまった自分が恥ずかしくて、いたたまれなくなり、教室を出ていこうかと思ったとき、それまでずっとだんまりしていた桜が笑って言った。
『そっか、俳優さんかぁ。すごいね。波音って真面目だし、特に暗記系強いし、みんなに好かれるし。俳優さんすごく向いてそう。頑張って。楽しみにしてるから』
 そのときの空の色とか、桜の嬉しそうな柔らかい表情だとか、教室の匂いとか……全部、鮮明に覚えている。
(……桜は、俺のすべてだ)
「じゃあ、今ちゃんと夢を叶えて活躍してる絢瀬さんが見られて、妹さんも嬉しいでしょうね」
「……うん。そうだと嬉しい」
「結局相思相愛なんだよな、お前らって」
「ですね。仲良し羨ましいです。妹さんってどんな子なんですか?」
「どんな子か……」
 桜のことを考える。
「明るくて優しくて可愛くて、好きな人に対しては結構積極的で、でも相手のことを一番に考えるから結局不器用で、あ、それからちょっと自己肯定感が低い傾向があるかな。周りのことにはよく気がつくのに自分のことになると無頓着というか」
「…………」
「あとね、恥ずかしがり屋かな。キスとかするとすぐ顔を赤くして、その反応が初心でマジで超かわ……」
 ハッとして口を閉じた。かぁっと顔が熱くなるのが分かる。
(……やべ)
「……え、妹にキスとかするんですか」
 無表情の緑谷さんが、七木を見る。七木は無言でさっと目を逸らした。緑谷さんが俺に視線を戻す。目がやばい。
「…………いや、唇じゃないから」
「そういう問題じゃないと思うんですけど」
「……はは。冗談だよ。するわけないだろ」
「いや、今の絶対冗談っていうノリじゃなかったと思いますよ?」
「ははは」
 笑って誤魔化すけれど、緑谷さんの冷たい視線は直らない。
「いや、本当にさっきのは言葉のあやというか……あ、そうだ。今のうちに電話しておかないと……」
 バッグを漁り、スマホを取り出すと俺は逃げるように稽古部屋を出た。
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