失恋カレシ〜2.5次元王子様と甘々極秘契約同棲はじめます!?〜
『――あ~いい匂い』
 上半身裸で首にタオルを巻いた波音が、匂いに誘われてキッチンに入ってくる。
『いい匂いって……まだなにも焼いてないよ』
『桜がキッチンにいるだけでいい匂いがするんだよ』
『なにそれ』
 波音はカウンターに座り、じっと私が料理しているところを見つめていた。
『できたら呼ぶよ?』
『見てたいんだよ――』

 最初、裸のままリビングに出てきたときは驚いたけれど。一緒に住み始めてしばらく経つと、そんな姿にも慣れてしまった。
 料理を眺める波音の幸せそうな顔。私を見る優しい眼差し。
 波音の顔が、声が、言葉が脳裏にこびりついて離れない。
「…………」
『なんでって言われたら、下心かな』 
 波音の行動や言動を思い返して、とある疑念が浮かぶ。
(……波音って、もしかして……)
「私のことが好きだったりする……?」
 自意識過剰かもしれない。
 でも、もし波音が私と同じ気持ちで、今まで接してくれていたとしたら。
『桜、おいで?』
『桜、今日も一日お疲れ様。頑張ったね』
『好きだよ、桜』
(……で、でも待って。そういえば波音、私にずっと好きだったって……い、いや、でもあれは酔っ払って……)
『今、桜はどんな気持ち?』
『……たとえば、次の恋とか』
(あのときは、波音に好きな人がいると知って動揺して、恋なんてしたくないって言っちゃったけど……あ、あれってもしかして、告白しようとしてたんじゃ……) 
 これまでの波音との思い出を振り返り、頭の中がパニックになる。
(うそ……うそ、うそ)
 顔が熱くて熱くてたまらない。
「波音……」
 チケットを見る。
(これまで、波音は告白をしないで待っていてくれた?)
 私が、真宙くんを好きだったから。
(自分の想いを殺して、私の恋を応援してくれていた……?)
 波音は最初から、自分のためじゃなく私のために……。
 波音の優しさに、息が詰まる。今すぐに波音に会いたい。
 だけど、その前に。私は、真宙くんと向き合わなければならない。
 真宙くんに会って話がしたいという旨のメッセージを送る。
 すぐに既読がつき、返信がくる。来週末に会う約束を取り付けた。
「来週かぁ……」
 カレンダーを見る。千秋楽公演は、今週末だった。
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