目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。

04.


 それは少しだけ暑い春の日のことだった。

 夫と私は久しぶりに休みを取り、夫婦水入らずでの外出を楽しんでいた。
 大掛かりな遠出ではなく、領内の野山を馬で散策する程度のピクニック。
 草木や花々、湖などの景色を眺めながら移動し、他愛もない会話を楽しみ、太陽が真上に来る頃には、作ってもらったサンドイッチを二人で食べる。
 なんてことのない、けれどかけがえのない時間。
 ただ、この日は空模様が午後から急に悪くなり、突然の雨に降られてしまったため、私たちはやむなく最寄りの山小屋に避難することになった。

 その小屋は、長く人の手が入っていないあばら家だったけど、雨風をしのぐだけなら十分なところだった。
 少し離れたところには風車小屋が二、三あって、それらも今は使われていない。
 風車小屋は粉ひきに使われていたもので、魔力を動力源とした効率のいい機器が登場して以降、廃れてしまい、取り壊すにも費用がかかるためそのままにしていたものだった。

 私たちは暖炉に火を入れ、濡れた体を温める。
 上着を広げて干し、風邪をひかないように寄り添い合って暖を取っている時、私は「たまにはこんなハプニングも悪くないな」なんて呑気なことを考えていた。

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