目覚めない夫を前に泣き腫らして、悲劇のヒロインを気取る暇なんてなかった。

02.


 そんな私が、彼の妻になることができたのは幸運以外の何ものでもなかった。

 彼──私より三歳年上のカミル・トレーガーは、身分としては私の家と同じ、伯爵の称号を持つトレーガー家の一人息子だった。
 といっても、我がヴァルテンブルク家とは雲泥の差がある。
 彼の母親はすでに亡く、実父たるトレーガー伯も病に倒れ、余命いくばくもない。それに加えて、財政面でも余裕があるわけではなかった。

 そんな窮状の伯爵家令息だった彼が、私の見合い相手に選ばれたのが、私が十八の時。
 家柄はともかく、どうしてわざわざ彼だったのか。どうして私の父はその縁談に同意したのか。
 それはひとえに、カミル自身の優秀さがあったがゆえだった。

 カミルは私とは対照的に、非の打ちどころのない男性だった。
 文武両道で思慮深く、誰にでも公平に接し、悪く言う者は一人もいない。
 外貌も文句なしで、金髪碧眼の美しい容姿は見る者にため息をつかせるほど。

 そして、トレーガー家は前述の通り裕福ではなかったけど、伏した父親の代わりにカミルが執務を取り仕切り、驚くべきかな没落寸前から、わずか数年で安定といえる状況にまで持ち直させていた。

 それほどまでに彼の能力、辣腕さは群を抜いていた。
 私の父はその優秀さに目を付け、私と彼を引き合わせたのだった。
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